#5645

負けることについて


空想

とある対戦系スマホゲームをやっていて思ったこと(あえてタイトルは伏せます)。

今の自分はポジティブなのだろうか、ネガティブなのだろうか。
株価のように日々上がったり下がったりするそれを計るのに、非常に厄介な制限があります。
それは、ひとりでは客観視ができないということ。
この状態は世間一般では普通なのだろうか、それとも異常なのだろうか、
ということさえ分からない。

体調は五感で感ずることができるけれど、それもできない。
ネガティブだ、抑うつだ、うつ病だと言われても、具体的にどこがそうなのだろう、
と思ってしまうわけなんですよね。そもそも心の「場所」さえハッキリとしていない。
それは顕在意識のことなのか、それとももっと奥深いところにあるのか?

ですが、人生経験から「何となくこれはネガティブなときにしか発症しない」
というような法則もいくつか発見することがあります。
個人的に思うそのうちのひとつが、非常に打たれ弱くなるということ。
何かの対戦ゲームをやって負けたとき、とても感情的に「これは耐えられない」って思うんです。
そりゃあ誰だって負けたら悔しいのは当たり前なんだけど、そのベクトルがいつもと違う。
「この勝負に」負けたから悔しいのではない、
「自分の行動の結果」が否定されるのが悔しいんです。この際勝ち負けはどうでもいい。
これは去年末にスマブラSPをしていたときにも非常に感じたことなんですが、
ゲームも最初は楽しいからやる、という動機によって続けていられるんです。
けれど負ければ負けるほど、勝つためにやっている、としか思えなくなる。
勝ちたい。勝ちたい。勝ちたい。とにかく勝ちたい。そう思えば思うほど勝てない。
そして負ける。でもそんな結果はどうでもいいから勝ちたい。
否定されるのが怖い。誰でもいいから肯定してくれ。そんな思いで一杯一杯になりなおも負け続ける。

ちょっとした迷走状態です。
負けたことを受け入れられずに、ひたすら勝つまでプレイする。一種の中毒状態でしょうね。
心がこもったプレイは到底できないので当然負けるのですが、
負ければ負けるほどレートが下がっていつかは勝てるだろうという希望的観測が芽生え、
さらにプレイを続けてしまう。半ばやけくその状態になってプレイしてしまうんです。

このときばかりは、自分は正直自分自身を制御できているという感じがしていません。
なるほどこれが心の病なのか、ってすごく思います。

心って自分が100%制御しているように思うけれど、実は違う。
思っていることは思っているより思っている通りになっていないんです。
そしてこの「自分で自分をコントロールできていない状態」というのは、
過度にネガティブな状況でしか発現しないのではないかと考えました。
いや、コントロールできていない状態こそがネガティブだと言えるかもしれない。
思えば昔は対戦ゲームをしていても投げ出すようなことは一切していませんでした。
こういう風に対戦ゲームで過度に打たれ弱くなってしまったのは
社会人になってからなのではないかと思っています。
少なくともスマブラSPはそうやって投げ出してしまいました。
あれほど期待していたのに短期間で投げ出してしまったのは、
レーティングシステムによる対戦に自分の心が耐えられなかったというのが多分にあります。

最後のこの手のゲームにハマったのは2014年の『ぷよぷよテトリス』なので、
あのときはまだ今ほどネガティブ思考が根強くはなかったということなのかもしれません。
でも、あのときもそれなりに「負けると胃がひっくり返るほど悔しい」
とブログに書きまくっていたような記憶もありますけどね……。
負けて悔しいのは当たり前なのでしょうが、それで心を負ってしまうかどうかは別の話。
当時は本当に悔しい思いをしましたが、病むほどではなかったような気はします。

「打たれ弱くなる」という心の傾向は、何も対戦ゲームに限りません。
何か自分の行為等に対して指摘されるというのもそれに当てはまると思います。
「確かにそうだ、改善しよう」と思うときと「ご尤もだけどお前何様だよ」と思うときが確実にある。
もちろん相手、内容、言われ方、状況、等々によっても違うのでしょうが、
受け止め方の違いについては心の状態も大きく関与しているのではないかと。
同じ対戦ゲームでも2017年の『どうぶつタワーバトル』は終始楽しくプレイできましたしね。
その違いは何なんだろう。意欲の大きさの違いか?

これからこのネガティブ状態をどうやって矯正していくべきなのかは正直まだ分かりません。
が、ある本には「気付くことができたらほとんど解決したようなもの」と書かれていたので、
今自分がネガティブなのだと自覚することができるというのは
自分が思っているよりも大切なことなのでしょう。
相変わらずネガティブな出来事というのは自分の身に降りかかってきますが、
「あ、今の自分ネガティブだな」と自覚できるようになったというのは
ここ二年くらいの大きな進歩だと思っています。
というか、今まではそれすら気付かずにいたんですよね。大学時代とか。
今思えばいろいろな意味で恐ろしいですが、
あれはあれで一人でヘコむ十分すぎる時間があったのが今と比べて大きなアドバンテージでしたね。

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