#5674

忘れられない黒歴史


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日記を書くことは良いことだ。そんな主張をたまに聞きますが、
日記系ブログを長年続けている自分に言わせれば、日記を続けるということに関しては、
ひとつ明らかなデメリットが存在します。
それは、ふつうなら忘れられる出来事も忘れられないということ。

お世話になった前職の先輩がある日言っていました。
「ものを忘れるのも必要なことだよ。忘れられるから人間って優秀なんだよ」
至言だと思います。嫌なこともしばらくすれば忘れられるからこそ、人は前を向いて生きていける。
それは逆に言えば、嫌なことを永遠に覚えていれば、誰だって前を向けないことを暗に示しています。
だから、忘れるということはとても大事。
この情報社会だからこそ「忘却」を大切にすべきというのは外山滋比古さんも言っていたことです。

ところが、日記を書くことはこれに逆行する行為です。
なにしろ、書いたら忘れる・忘れないの問題ではなく、そこに永遠に残ることになります。
それを読み返せばいつでも思い返すことができる。
せっかく前を向きたくても、過去記事を読み返せばトラウマがいくらでも転がっているわけです。
記事数が増えてくれば必然的にトラウマの数も増えます。

日記は、良かったことをいつでも思い出せるという大きなメリットがあります。
しかしその裏では、良くなかったこともいつでも思い出せるという大きなデメリットもあるわけです。
「忘れられない」という縛り。これは前を向いていくためには足枷になります。

これは日記を続けていくうえでは必ず考えていかなければならない壁になると思います。
「忘れたいことを書き残してしまう問題」を克服するために何をすればいいのか。
一番手っ取り早いのは、そもそも忘れたいようなことは書き残さないことです。
ところが、昨今の自分はブログを「心のごみ箱」のように扱っている向きがあります。
自分が抱えている心のモヤモヤは書いておきたい。それによって前を向けるという面もあります。

もうひとつ、書いた後にネガティブになってしまうような記事は消してしまうという手もあります。
これは一日一本を維持するという自分ルールによって
日記を続けている自分にとっては難しい問題ですが、ある意味一番手っ取り早いかもしれません。
消さなくても非公開にしてしまうという手もあります。
これはこのブログでもやっていることです。高校時代の黒歴史はすべて非公開化しています。
こないだのアレもそのうち非公開化するかもしれません。

それから第三の方法として、愚痴吐き用の非公開サブブログを持つという方法。
これ、ちょっと検討の余地ありかなと思っています。
2018年前期までは一日一本投稿が精一杯でしたが、比較的安定した今ならサブブログも持てるかも?
まぁ、もちろん今も一日一本以上が難しいのは確かなんですけどね……。

2019年に入ってからの自分は、どちらかというと心の声をそのまま出力してきました。
それは心の均衡を保つために必要なことだったと思いますが、
ブログを汚していることになっているのではないかという懸念も最近になって生まれてきました。
黒歴史がブログにあってはいけないとは思わないし、
思い出したくないような思い出も人生の一部であることには間違いないのですが、
「心のごみ箱」としての用法はメインブログには不適切なのかもしれない、
ということは留意していきたいと思う今日この頃です。

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