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戦う理由と戦う人々


文化

安西信行『烈火の炎』(1995~2002年、週刊少年サンデー、全33巻)を読みました。
小学校中学年時代に一部を読んで以来の再読です。

*  *  *

忍者にあこがれる元気な高校生、花菱烈火(はなびし・れっか)は、
手をこすると炎が出る不思議な能力を持っていた。
あるとき、烈火は同学年で他者を治癒する能力を持つ少女、佐古下柳(さこした・やなぎ)と出会う。
お互いに秘密の能力を打ち明けあう仲になった二人は友人になり、
烈火が柳の「忍び」になり、守ることを誓う。
しかし、柳の持つ能力が不老不死の力に役立つことが知られると、
柳は裏世界の権力者である森光蘭に目を付けられ、たびたび狙われることになってしまう。
烈火は柳を守るため、敵を倒すため、そして自らの運命を知るために
非合法のトーナメント大会「裏武闘殺陣」に出場して優勝を目指すことにした。

*  *  *

いわゆる能力バトルものの少年漫画ですね。
小学校中学年時代、学校の近くに放課後になると遊ぶことができる「児童館」と呼ばれている場所
(正式には「児童センター」らしい)がありました。1998年ごろの話です。
そこは体育館もあり、テレビゲームが遊べるレクレーション室もあり、
屋外にもいろいろな遊具があり、毎日たくさんの子どもが遊びに来ていました。
その中に小さな「漫画図書館」という漫画が読み放題の小さな部屋がありました。
この部屋も相当の人気で、椅子が埋まることはもう当たり前、
所狭しとみんなが床に座りながら漫画を読んでいたことを覚えています。

その漫画図書館で特に人気だったのがこの『烈火の炎』という作品でした。
次を読みたくても誰かに取られていて読めないことも多く、
もどかしい思いをしながら読み進めていった記憶があります。
改めて読み返すと決して小学生向けではない内容なんですけどね。

本作についてよく言われるのが『幽☆遊☆白書』の劣化版あるいはパクリ。
なんですが、自分は本作の方が好きです。
両方再読したけれど、やっぱり『烈火の炎』の方が好き。その理由はいくつかありますが、
最大の理由は敵キャラクターが魅力的なところですね。
連載開始当初こそただ単に残虐なだけの行動も多かった登場キャラクターですが、
巻を重ねるにつれて、敵もただ単に主人公憎しで戦っているだけではなくなってきます。
多くの敵が「戦う意義ってなんだろう?」という葛藤に苦しむようになる。
そして主人公たちとの戦いで目を覚ますというパターンが多くなっていくようになります。

少年漫画の敵キャラクターって、ただ戦うだけのマシーンになってしまっていて
心の内面が描かれることが少ないように思うのですが、本作は意外にもそうではないんですよね。
ある種ジャンプでは描けないような残虐性も見せておきながら、心の内面も覗かせることがある。
バトル漫画において敵キャラクターが魅力的であることはとても重要だと思うのですが、
本作の中盤以降は改めてそれに気付かされる構成になっています。
それでいて冷酷な描写もきちんとされているので、心を開いたときのギャップに感動するんですよね。
そういう意味で、ラストシーンは紅麗の言動にとても心を動かされました。

決して万人向けではないし『幽☆遊☆白書』の方が売れているのは事実なのですが、
それでもほかのバトル漫画とは一線を画す魅力が本作にはあるような気がします。

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