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日記系ブログの弱点


web制作

このブログのような、いわゆる日記系ブログというのは書く本人には様々な効果があります。
ライフハック系のメディアでも日記を書くことの有用性というのは
たまに記事になったりもしていたりします。
このブログでも定期的にブログを書くとこんな良いことがあった、
ということについてはアウトプットしているつもりですが、
その中でも「記憶の拡張」というのは分かりやすい利点なのではないかと思います。

ヒトの記憶力には限界があるので、何でもない日はわりとすぐに忘れてしまいます。
でも日記を書いていれば、少なくともその日に書いた内容については、
読み返せばいつでも思い出すことができます。
もちろん、書く段階で記憶の取捨選択を行うので、
たいてい自分に都合のいいことしか書き残さないわけですが、
それでも「忘れない記憶」を持っていることには違いありません。
しかも、それはどんどん累積していきます。ヒトの記憶の限界なんて関係ありません。
40年書き続ければ、39年前の出来事ですら文章を媒介にして思い出すことができるというわけです。

もちろん日記の効用はこれだけではありませんが、
これだけでも結構大きな利点なのではないかと改めて思います。

しかし最近ふと、記憶の拡張として日記系ブログを書き続けることによる、
ある致命的欠陥に気が付きました。
それは、人名を書き残せないこと。
日記をインターネットという公共の場で書いているのだから当然といえば当然です。

今まではそれでも難なくやってきました。
学生時代までは勝手にハンドルネームを付けたり、
あるいは向こうからハンドルネームで名乗ってくれたりしたからです。
特に高校時代はブログブームの渦中にあって、
ブログを書いていることを公言していたことも大きいかと。
でも、社会人時代に突入してからはそういうわけにもいかなくなりました。
出会った人に逐一ブログ内でハンドルネームを付けるのも面倒だし、
そもそも社会人になってからは関わった人の数が段違いに多くなりました。
特に関わりが多かった人に絞っても10人はいくだろうし、
一緒に仕事をしたのべ人数に至っては200人を超えるんじゃないかと。
当然、もう現時点で忘れてしまった人もいます。どういう出来事があったのか、
ということは断片的にブログに書いてきたから覚えているけれど、
その相手が誰だったのかというのが思い出せない出来事というのがそれなりにあります。

なので、日記系ブログとは別に、
他人の名前を覚えておく「第三の記憶力」が必要になってきているのかなとも思いました。
今のところ、その候補として考えられるのはスマホの連絡帳。
アドレスを交換していない相手も登録しておいて、
どの会社のどういうポジションだったのか、どういうことをしたのかを書いておく。
これだけで随分と違うんじゃないでしょうか。

そもそも会社で起きた出来事もブログに書き残しにくいという事情もあるし、
社会人というポジションは日記系ブログを書くのにあまり適していないのかもしれない、
と言ってしまえばそれまでなのかもしれません。

今後の社会生活でそのデメリットがどうしようもなく大きく感じるようになったら、
もしかするとブログの完全非公開化というのもあり得るかも?
まぁ、それは本当に最後の手段になるとは思いますが……。

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