#5857

それぞれが集う場所


今日の出来事

東京に来て最初の年末カウントダウンは、渋谷で過ごすつもりでした。
実家に戻る理由もないし、かといってあのカウントダウンライブは去年はイマイチだった……。
それならスクランブル交差点で毎年ウェイウェイやっている集団に紛れて年を越すのも悪くない。

ところが今月上旬、イトコから連絡が来たことで計画は思いも寄らない方向へ。
自分が2017年以降一度も行っていなかった祖父母家に行くことを誘われ、
2016年冬のあのとき、「最低でも恋人ができるまでは行かない」と決めていた約束を破り、
3年ぶりの祖父母家で年を越すことにしたのでした。

12月31日、大晦日。
本当ならすぐにでも出立したいところでしたが、
なにしろ祖父母家に行くと決めたのはわずか3週間前。
その時点で東京発の新幹線は軒並み予約が埋まってしまっており、
夕方発の便しか確保できませんでした。
実は祖父母家は北陸新幹線の沿線に近い場所にあるため、東京からなら新幹線で行けます。
もし北陸新幹線がなかったら帰省は諦めていたかもしれません。
そういう意味では、良いタイミングで東京-金沢間が開通してくれたなと思います。

大晦日は当然夜更かしを想定していたので午後まで寝るつもりだったのですが、
何故か目が冴えてしまい自分にしては珍しい休日09時起床。
いつもと違ってブログにも追われていないし年末特集も一通り書き終わったので、
あろうことか大晦日にして暇な時間ができてしまいました。
ここ2年は年末は旅行でばたばたと過ぎていったし、2016年以前はブログで忙しかったので、
こんな大晦日を過ごすのはもしかすると十年以上ぶりかも……。

起床後しばらくは2020年復帰予定のTwitterでフォロー整理をしていました。
フォローを減らすことはせず、今のライフスタイルに縁のありそうな公式アカウントをフォロー。
とりあえずフォロー数を1,000まで伸ばしました。当面はこれを維持したいと思います。
さらに、久しくしていなかったデスクトップPCの中身を大幅整理。
また、来年に向けてプログラミング開発環境の整備もしていました。
まだ慣れていないVisual Studio CodeやPythonといったものをインストールしました。

その後、一年間お世話になったお守りを返納するために最寄りの神社へ。
お守りというのは効力が一年で切れると言われているので、
一年経ったら返納する必要があります。
2019年は運気上昇のお守りを元日に明治神宮で買っていたので、今日返納しなければなりません。
去年はわざわざ浅草まで行って返納していましたが、
それだけのために都心に行く手間は払えないので、地元の神社で済ませてきました。
ついでにエキチカのダイソーで年越し用クラッカーを購入。
今年最後の外食はからあげ定食を食べ、帰宅後は部屋とユニットバスの大掃除。
とはいえまだまだ入居1ヶ月では汚くなったところもなく、掃除はあっさりと終わりました。

15時45分、いよいよ出発。
今回は東京駅から新幹線は乗らず、武蔵野線→埼京線と乗り換えて大宮駅を目指し、
大宮駅から新幹線に乗ることにしました。
この武蔵野線ルートと、中央本線を使って一度東京駅に行くルート、
どちらがお得かは新幹線を割引き切符で買えたかどうかに寄ります。
詳しく検証したわけではありませんが、
例えば新潟駅行きの場合だと割引きありの場合は東京駅経由の方が安かったはずです。
要するに、ルートとしては2本あるものの値段は大差ないんですよね。
これは、武蔵野線に比べて中央本線と競合する京王線の運賃がかなり安いのと、
営業キロ300km以上の場合は23区のJR線から東京駅までの乗車賃は無料になることが関係していて、
両方を駆使すると武蔵野線で先回りするのとほぼ変わらない値段で行けるようになっています。

しかし今回は割引きなしの満額切符なので、仕方なく武蔵野線を利用することにしました。
時間ギリギリで到着。ところが、電車はまだ来ない。
どうやら強風の影響で若干だけ遅延しているとのことでした。
2分遅れで電車が来て、出発。武蔵浦和駅で乗り換えると、今度もまた電車が来ない。
アナウンスによると、強風の影響で10分ほど遅れているとのことでした。
あれ、これって新幹線間に合うのか……?

『乗換案内』アプリによると、大宮駅での乗り換えは徒歩10分、待機0分。
つまりホーム間の移動に10分かかり、ちょうどホームに到着した瞬間に新幹線が来ると。
ということは少しでも遅延してしまうとアウトです。
ちなみに遅延が原因で新幹線指定席に乗れなかった場合は、
窓口に行くと次の便の指定席を確保してくれるとのことですが、
そうなると今度は、新幹線停車駅から祖父母家最寄りの駅までの接続が怪しくなってくる。
そこはもう辺境の地で、電車は1時間に1本しか来ません。
終電も早いので、最悪年を越すまでにたどり着けないという可能性も……。

ドキドキしながら10分遅延の埼京線に乗り、運命の大宮駅に到着。
ちなみに大宮駅は通過したことは上越新幹線で何度もありますが、降りるのは初めてです。
到着時点で目的の新幹線が発車するまではあと4分。
全力疾走なら行けるかも、でも初めてのターミナル駅で迷わず行けるのか……?
とにかく案内標識を頼りに荷物を抱えてダッシュしました。
改札では切符2枚を通して通過、ホームへの階段は1段飛ばしでなおもダッシュ。
しかし、時間は発車時刻を4分過ぎていました。
ダメだったか……? と思って案内板を見てみると、
次に来る電車がそもそも自分が乗る電車よりも前に出発しているはずのものでした。

なんとこのとき、北陸新幹線は線路内の付着物の確認のためという謎な理由で、
たまたま偶然20分ほど遅延していました。なんという偶然。なんという奇跡。
結局、ホームに到着してから10分以上待ってようやく目的の新幹線が到着。指定席に座りました。
新幹線の駅から次の乗り継ぎはもともと30分電車を待つ予定だったので、
このままいくとその待つ時間が短縮されただけで予定通り到着できることになります。
一時はどうなることかと思ったけど、なんとかなりそうで良かった……。
余談ですがこの日は山手線・京浜東北線も線路内への人の立ち入りだとかで止まっており、
都内は遅延電車だらけになっていました。これが都内の大晦日か……。

ちなみに北陸新幹線の車内はごった返していました。
指定席のはずなのに通路内は自由席に座れなかった帰省客で溢れかえっており、
当然指定席もほぼ満席。いつもの上越新幹線の上りとは随分ギャップがあります。
これはやはり、新幹線を予約するときは覚悟して取らなければならないと改めて思いました。

電車内はJR西日本提供のフリーWi-Fiが飛んでいたので、ここで2019年最後のブログ記事を書きました。
今回は一年を振り返るというよりも、
人生とはなんぞやという事に対する想いを書き綴ったつもりですが、
これは上述の大宮駅に到着したとき、
新幹線に無事に乗れることがわかったときに唐突にひらめいたものです。
制限時間付きで思考を文章に落とし込むというのは慣れていても結構難しいもので、
今回も2時間という少ない時間だったのであまりスッキリと書くことはできませんでしたが、
しかし祖父母家に到着してから作業しなくて済んだのは幸いでした。

新幹線駅からSuicaも使えないローカル線に乗り換えて、さらに揺られること十数分。
19時25分、3年ぶりに祖父母の住む街に到着しました。
街というより、村ですね。駅は無人駅になっていて誰もいない。そして辺り一面は真っ暗。
イトコに迎えに来てもらい、祖父母家へ。
祖父母家に到着すると、親戚一同に熱烈な歓迎を受けました。

父方の祖父母の「孫」に当たる人は合計12人いて自分が最年長と同い年です。最年少は21歳。
今回はそのうち、我が家からは自分以外誰も来ず、
それ以外は最年長で妊娠中の従姉が来なかった以外は全員来ていました。
イトコが言うには、この2年くらいはいつもこの面子で春夏冬と集まるのが定例化しているそうです。
それは、結婚してようがしてまいが関係なし。
自分が勝手に「2016年で終わった」と思っていた祖父母家帰省は、
自分の知らないところでは当たり前のように続いていたみたいでした。

子ども時代なら祖父母家にやってくると男子部屋と女子部屋で分かれて、
カウントダウンの直前までテレビを観たりゲームをしたりして過ごすのですが、
今回来ている男子は3人ということで、部屋にこもったところで仕方がありません。
結局大晦日の夜は、リビングでお刺身を食べながら談笑したり、紅白を観たりしているうちに、
いつの間にかその時間を迎えていました。
今年はガキ使も見なかったし、裏特番のSASUKEも観ませんでしたが、
こうなることを見越して予約録画はしておいたので、2020年になったら観ようかなと思います。

あまりにも実感がない23時45分、紅白はいつも通り白組の優勝で幕を閉じました。
チャンネルを変えてジャニーズカウントダウンに。
思えばこれも、祖父母家ではすっかり定番になりましたね。
東京で買ってきたクラッカーをみんなに配り、そして瞬く間に2019年も残すところあと10秒に。
……3、2、1。

「2020年、おめでとう!!」

*  *  *

01月01日、元日。
ついに2020年が幕を開けました。
それは2010年以来久々の十年紀節目の年であり、オリンピックの年であり、令和2年。
2020年というとなんだか遙か未来の話のようですっかり実感がありませんでしたが、
それはどうやら間違いなく現実のようでした。

子ども時代のように祖父のお説教タイムもなく、また全員が成人したためお年玉の配布もなし。
年が明けたらすぐに寝る流れになるのはどことなく寂しさもありましたが、
そういう年齢になってしまったんだなぁと実感するところでもありました。
女子は全員寝るようだったので、イトコと男子部屋に行ってNintendo Switchで遊ぶ流れに。

最初はおすそわけプレイで『ぷよぷよ通』を遊んでいました。
思えば20年以上前に、祖父母家で初めて通信対戦をしたのがぷよぷよでした。
当時は男女の垣根もなく、全員でわいわい遊んでいたものでした。
全員といっても20年前当時は最年少は生まれたばかり、それより上の何人かもまだ赤ちゃんで、
実際にゲームをして遊んでいたのは年上組6人くらいだったと思いますが。

20年ぶりの『ぷよぷよ通』はお互いにウデには自信がなく、ぐだぐだの対戦でしたが、
思いも寄らないところで連鎖が発動したりと、なかなか実力は拮抗していました。
今でも無難に遊べるタイトルとしてはぷよぷよも悪くないですね。
その他、『スーパーマリオカート』『カービィボウル』『スーパーフォーメーションサッカー』
といったタイトルを遊んでいました。サッカーは謎のスライディングゲーです。

ポケモンに移行すると、お互いに持っている夢特性ポケモンを交換しようということになり、
ココガラとヘイガニをもらえることになったのですが、
ローカルマッチングがなかなか上手くいかずに苦戦しました。
結局、原因はよく分からなかったものの15分くらい粘ってようやくマッチングでき、無事に交換。
その後はレイドも何度か遊んでいました。
★5メタモンの召喚にも成功しましたが、捕まえたメタモンは4V止まり。

メタモンを捕まえたところで時間は03時半を過ぎていたので、寝ることにしました。
イトコは速攻で寝ましたが、自分は09時起きにもかかわらずなかなか眠れないので、
スマホからEvernoteで2020年計画の概要を書き出していました。
もしかすると、最初に2020年を実感したのはこのときだったのかもしれません。

普段はストロングゼロを呑めばすぐに眠たくなるのが当たり前だったのですが、
元日は超高級な日本酒を呑まされまくったにもかかわらず眠れませんでした。
どうも自分は日本酒だと寝付けない特性があるみたいです。
酔いの感覚も、ビールなどの他のアルコールとは違うふわふわした感じ。
酔っても眠くならないというのは不思議ですが、困ったことでもあります。

結局この日は05時ごろまで起きていました。
そして、起床したのは09時。

朝食はお餅4つ。思えば、餅を食べたのも何年ぶりだろう……。
その後、再び睡魔に襲われたので二度寝しようと布団に潜っていると、
初詣に行こうという話が聞こえてきたため、起きてそれに同行することにしました。
あまりにも眠いので車を運転するイトコにコンビニに寄るようにお願いして、コーヒーを調達。
いつも忘れますが、祖父母家に行くときはコーヒーが必須なんですよね。
今度行くときはあらかじめ東京で買っておきたいところ……。

コンビニを出てしばらく車に乗り、地元の神社へ。
神社は海に近くものすごく寒い上に風も強く、厳しい参拝となってしまいましたが、
それでもさすがにチラホラと人はいました。ここでのチラホラというのは10人程度のことです。
去年までは何百万人と来る明治神宮に来ていたので、それとのギャップが凄いですね。
お賽銭は10円玉を何枚かと、財布にあった1円玉を全部投げてお祈りしました。
……が、隣で巫女が自分を見ていたのが気になって、具体的に祈ることは全然できませんでした。
祈るというより念じていたというか……。

おみくじも引きました。大吉でした。

することなすこと幸いの種となって心配事なく嬉しい運ですから、
脇目を振らず一心に自分の仕事大事とはげみなさい。
少しでもわがままの気を起こして色や酒に溺れるな。

こんなことが書いてありました。
この神社のおみくじも過去何度となく引いてきましたが、
これだけ良いことが書かれているのもなかなか珍しいです。お守り代わりにしようと思います。

帰って昼食のあと、しばらくすると今度は従姉が温泉に行こうと言い出し、
15時半過ぎ、みんなで銭湯にでかけることにしました。
近くにも温泉がありますが、今回は遠方のスーパー銭湯に行ってみようということになりました。
ここは、普通のお風呂に加えて露天風呂、サウナ、水風呂とバリエーションが豊かで、
さらに風呂上がりにいろいろと食事できるスペースが用意されています。

実はここ、2009年冬祖父母家帰省でも来たところで、
ぴったり十年ぶりとなります(#2135『新時代へと向かう4日間 #2』2010年01月01日)。
当時は遊戯王ブーム全盛期で、このときも風呂上がりにパックを剥いていた記憶があります。
十年前は風呂はなあなあに済ませてしまっていましたが、今回は遊戯王が無い分満喫しました。
まずは身体を清めてから38度のぬるま湯で身体をじわじわと温めて、隣の41度の「白湯」へ。
十分に暖まったところで70度のサウナで10分間耐え凌ぎ、18度の水風呂へ。
以前、東京のサウナに入ったときは室温90度で5分も耐えられませんでしたが、
20度も低くなると大分耐えやすくはなりますね。まぁ、その後の水風呂はすぐ出てしまいましたが。

今回一番気持ちよかったのは露天風呂でした。
ここの露天風呂は普通のお風呂と壷湯の二種類があって、
壷湯は効用が異なる7種類の中から好きに選んで一人で独占することができます。
自分はこれで疲労回復効果のある、泡がぶくぶく出てくる壷湯を選んだのですが、
屋外の寒さとのギャップも相まって最高に気持ちよかったです。
今は一人暮らしなのでシャワーで済ませてしまう日も多いですが、
身を清めつつ気分転換を目的にたまにはスーパー銭湯に行くのもいいなと思った次第です。

男3人で30分ほど女子一行の帰りを休憩処で待ったのち、祖父母家に向かって出発。
ところが帰り道は猛烈な雨で、かなり危険でした。自分がドライバーなら事故ってましたね。
帰宅後はすぐに夕食。夕食は焼き肉でした。
いつの間にか毎年元日恒例になった『芸能人格付けチェック』は今年は大波乱でしたね。
超一流芸能人のGACKTの相棒であるYOSHIKIは今年は不参戦ということで、
代わりにゴールデンボンバーの鬼龍院が入ったのですが、
まさかの音楽関係問題で不正解を出してしまいGACKT様の足を引っ張る結果に。
GACKTに恐れおののく鬼龍院の姿が可哀想でもあり面白くもありました。

格付けチェックが終わった後も自分は祖父に日本酒を飲まされ続けました。
合計で6杯くらいはいっていたのではないかと思います。
夕食終了後、後片付けまではしっかりとできていたのですが、
その後急激に眠くなり、耐えられずに布団の敷いてある男子部屋へ行きダウン。
めちゃくちゃ眠いのに眠れるかというと眠れない、ある種の極限状態に陥り、
しばらく死線をさまよっていたあげく、「これは吐くかもしれない」とふと思い始めると、
本当に吐くような気がしてきて、ふらりと立ち上がってトイレで吐きました。
自分、祖父母家に来るたびに吐いている気がするぞ……。
やはりというか日本酒を短時間で飲みまくるとダメみたいですね。
というより、祖父のペースで呑まされるとダメっぽい。叔父につがれるときは吐かないので。

*  *  *

日付が変わって01月02日。

吐いてスッキリしてリビングに戻ると従弟イトコと従妹が『ぷよぷよ通』で対戦していたので、
何度か参戦しました。
リビングを消灯する時間になったので、また階上の男子部屋に退散すると、
昨日とは違い今度はニンテンドーDSで遊んでみることに。
『メテオス』『スーパーマリオ6DS』『Newスーパーマリオブラザーズ』
といったタイトルでダウンロードマルチプレイを遊んでみましたが、
2人でも盛り上がったのは『ピクトイメージDS』でした。
これはもともと2007年冬帰省でイトコがたまたま買ってきたもので、
通信対戦では親1人と子多数に別れ、親側がお題に沿って絵を描き、
子が早押しでそのお題が何を表しているのかを当てるというクイズゲームです。

かつて祖父母家帰省といえば『マリオカートDS』『だれでもアソビ大全』『ピクトイメージDS』
この3本だけで一日が終わっていたというくらい、帰省の定番ソフトでした。
自分のゲーム遍歴を遡っても、マルチプレイ向けとしては傑作だと思います。
なにしろ、13年経ってすっかり大人になっても相変わらず楽しかったんですからね。
ある意味、一生忘れないであろう思い出のタイトルです。

一通り遊び終わると03時半過ぎになっていたのでこの日も寝ることにしました。
イトコが安眠のためにアイマスクをくれるというので少し悩んだのですが、
自分の睡眠問題はアイマスクでは解決できないタイプのものだと思い、辞退しました。
実は以前もあるASMR界隈でオススメしていた人がいて良いかもしれないと思ったのですが、
自分の場合はどうしても目の周りをリラックスしたところでどうしようもない気がするんですよね。
眼精疲労を改善したいときには良いかもしれません。

結局この日は05時半過ぎまで眠れませんでした。
そして最初に起きたのは09時。従姉が帰るというのでそれで起こされました。
見送ったあと、すぐにまた二度寝して次に起きたのは11時。
11時20分には出発しなければならなかったので、急いで帰り支度をしてすぐに祖父母家を出発。
3年ぶりの祖父母と別れてイトコの車で駅に行き、駅でイトコたちとも別れました。

さて、大変だったのは帰り道です。
まずローカル線で高速バスの発着をするターミナルまで行きます。
そして到着後、待合室でバスを待つこと50分。
ちなみにこの待合室は東日本大震災発生直後にも来たことがあり、9年ぶりです。
13時になると池袋行きのバスが到着したので乗り込み、
あとは座っていれば5時間後には東京に着いているはずでした。
ここに来て時間つぶしのための本などを持ってくることを忘れていたので時間つぶしに困りましたが、
バッグを抱えて寝たり、スマホで漫画を読むなどして耐え凌いでいました。

しかし、いつまで経ってもバスが到着する気配がない。
18時を過ぎたところで未だに群馬県を走っているという。
どうやら帰省帰りの車が多くて渋滞しているらしく、しばらくはノロノロ運転を余儀なくされました。
辛いのはただ時間が遅れるだけでなく、発進したり減速したりの繰り返しのため、
プチ車酔いみたいな状態になって気分が悪くなってしまうこと。
いつぞやの新潟駅-東京駅間の高速バスは実に快適でコスパも優れていると感じましたが、
今回は北陸新幹線と比較すると3,000円しか安くならない上にこの低速運転は苦痛でしかなく、
どう頑張っても北陸新幹線の早割には敵わないと感じました。
今後、東京から祖父母家に行くときは新幹線一択ですね……。
新潟に帰るときは高速バスでもいいかもしれませんが。

結局、池袋駅に到着したのは予定より1時間20分遅れの19時すぎでした。
都心でごはんを食べても良かったのですが、高速バス疲れもあり早く自宅に戻りたかったので、
電車を乗り継ぎ最寄り駅へ。
牛乳など食料品を買いにスーパーへ行こうとしたら正月休業で休みだったので、
コンビニで買い物を済ませて戻ってきました。

そんなこんなで、3年ぶりの祖父母家帰省は終わりました。

今までは、祖父母家帰省といえば男女別々で遊ぶというのが当たり前でしたが、
全員が大人になったことで思春期以前以来20年ぶりにその垣根が崩れ、
男女関係なく気兼ねなく話ができるという空間は、存外に居心地のいいものでした。
なんというかこの家系は、自分の家族以外はとてもやさしい人が多いです。
誰もかも、年齢を重ねたことで性格が丸くなったと感じます。
それはイトコだけではなく、叔父・叔母も祖父・祖母も同様です。
だから、全体としてなんとなく優しい雰囲気が家の中にありました。
みんな大人になったんだなぁと感じずにはいられないのと同時に、
なんとなくイトコを恐れていた自分が馬鹿らしくなりました。

みんなとは様々な話をしましたが、やはり一番驚かれたのが自分が東京に進出したことでした。
イトコの何人かは東京に住んでいるので、LINEを交換して今度呑む約束をしました。
あと、東京に住む叔父といつか一緒に富士山に登る約束もしました。
一生に一度は行きたいと思っていたので誰かと一緒に行けるのは嬉しいのですが、
話に聞くとそれなりに体力も必要みたいです。

自分が一番恐れていた結婚の件は、祖父には一言も追求されませんでした。
孫12人のうち、既婚は2人で今月内に結婚するのが1人いて、未婚は残り8人です。
結婚しているのは全員女子で、女子の売れ残りはあと2人。男子は未だ誰一人恋人すらいません。
その情けない状況に2017年当時は随分心を病んでいたものですが、
結局誰にも「彼女作らないの?」みたいなことは聞かれませんでした。
劣等感に配慮してくれているということなのか、あれだけ悩んでいたのが馬鹿みたいです。
とにかく祖父母家内では、全肯定的に話を捉えてくれて、
何かを否定されるということがありませんでした。
繰り返しになりますが、ホントみんな丸くなったなと思います。

以前のように、年数回しか合わない相手とがっつりゲームで遊ぶ従来型の帰省も良かったけれど、
コミュニケーションが中心の新しいスタイルも悪くないなと思った次第です。
他の親戚付き合いがどうなのかは分かりませんが、
自分たち孫12人は、一部の引きこもりを除けば比較的仲が良い方だとは思うんですよね。
年齢も離れすぎていないし、何よりも物心付く前からの長い付き合いがあるから、
お互いの事情をよく知っている。
今まではゲーム優先でコミュニケーションを蔑ろにしてきた一面は否めないけれども、
今後はせっかく恵まれたこの「縁」を大事にしていくべきなのかもなと思いました。

ゴールデンウィークにまた行くかどうかはちょっと保留として、
とりあえず夏にまた会う約束はしました。花火大会に合わせていくことになると思います。
東京に住む従姉曰く、東京の花火は人が多すぎてとてもじゃないけど楽しめないので、
それを観るくらいなら田舎に来た方がよっぽど楽しめるとのことです。
とりあえず、今度行くときは行き・帰りの新幹線の予約は必須として、
コーヒーと睡眠対策も忘れないで臨みたいところですね。
あとDSだけでは心許ないので多少の暇潰し道具は必要なのかも。遊びがメインではないとはいえ。

とにかく、今回の祖父母家帰省は来て良かったという一言に尽きます。
そういう意味では、勇気を出して誘ってくれたイトコにはどんなに感謝しても感謝しきれません。
と同時に、3年前の自分がいかに浅はかだったかを思い知りました。
これからはせっかく得た新しい居場所を大切にしていきたいと思います。

8ヶ月後にはまたお土産話を持って行けるように、
2020年は日々の生活を丁寧に生きていきたいものです。

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