#5858

自分を操縦する


空想

冬休み7日目。

自分はというと、昨日早くも東京に帰ってきたわけですが、
がっつり寝て起きた今日はというと、改めて東京でも初詣に行ってきました。
田舎でも参拝したのに二度目をする理由としては、
ここ2年は毎年明治神宮でしっかりお参りをするついでにお守りを買うのが定例化していたのですが、
田舎では目的のお守りが買えなかったので、それを買いたかったというのがあります。
あと田舎では祈るというより念じる感じになってしまったので、リベンジしたいという目的も。

ということで今年は多摩地域最大の神社である「大國魂神社」に行ってきました。
もう三が日も最終日だというのに大変な人混みで、16時に到着して並ぶこと実に2時間。
ようやく最前列に辿り付き、2020年にあやかって20円をお賽銭として投げ入れ、
今度は巫女さんの視線もなかったので集中してお祈りをしました。
そして帰りにお守りを2個購入。
確か2018年が健康、2019年が運気のお守りを買ったと記憶していますが、
今年は厄除けのお守りを買いました。個人的には今は上り調子だと思っているので、
ここで悪運によって調子を折られないようにという願いを込めています。
もうひとつのお守りの内容については秘密です。

明治神宮と違って大國魂神社は出店が相当賑わっていましたが、なんとか全スルーして外へ。
次は最寄りの書店に入って2020年用の手帳を買いました。
手帳も2017年から毎年年始に買って持ち歩くようにしているものなのですが、
実は2019年は活用できていたのは前職を辞めるまでの3ヶ月間だけでした。
残りの9ヶ月はまっさらのまま2019年を終えてしまったので、
今年も必要になるのかちょっと怪しいところはあるにはあるのですが、
いちおう慣例に沿って買うことにしました。研修が終わったら使うかもしれないですしね。

まぁ週間計画については自分はもうGoogleカレンダーとEvernoteでいいかなとは思っています。
もっとタスクが増えてきたらタスク管理ソフトが必要になってくるのかもしれませんが、
週間単位でノートを書くのはそれこそ2008年からずっとやっていることでもあるし、
このスタイルが一番慣れているんですよね。
なのでアナログな手帳を使おうが使うまいが、
デジタルでの計画管理もやっていくというスタイルは2020年も崩さずにいこうと思っています。

その上で、計画することでより有意義に日々を過ごす方法を模索していきたいところ。
これまでは、できる見込みがない「理想」だけを計画に詰め込んでは失敗し、
またその逆にできて当たり前のタスクばかりを詰め込んでは
計画そのものに意義を感じなくなってきたりしましたが、
結局のところ「目標」というのは達成して当たり前では意味がないし、
かといって達成できなくて当たり前でも意味がないんですよね。
ある程度「努力すれば達成できる」というギリギリのラインを攻めることによって、
努力を引き出し可視化するためのツールだと思っています。
もちろん、計画ノートはそれとは別に忘れないためのやることリストという側面も持っているし、
理想を書いてはいけないというルールもありません。
ただ、「理想」=「目標」ではないし、「できて当たり前」=「目標」と言うのもおかしい。
2020年はその辺を混同しないように気をつけていきたいところです。

自分の中のイメージだと、理想を次々に言いたがる自分と、
それが現実に落とし込めるかどうかをジャッジする自分が、自分の中には同居しているんですよね。
望ましいのは、この二人の自分がキャッチボールをするようにリズムよく情報処理することです。
理想を言いたがる自分ばかり活動していると、
自分の中に理想的な何かが溜まりすぎて捌ききれなくなり、現実的な活動が停滞します。
かといって理想的な何かがまったく何もないと、
現実の自分は何を頼りに行動すればいいのかがわからない。

「ジャッジする自分」がサボりがちだと、
例えば「自分は何でもできるんじゃないか」という全能感が身体を支配することがあります。
でも、こういうときの自分が行動できた試しってほとんどないと思うんです。
理想と現実のバランスを保つのは大変ですが、行動力のためには重要だと思います。

計画を適切に組むことは、自分を制御するとっかかりにはなると思うんですよね。
なので、年始に「どういう方法で日々の計画を組むか」という指針を立てるのは大事です。
自分の場合は今年はデジタル管理を主体に、いちおうアナログも併用することにしました。
が、途中で軌道修正が必要になることもあるでしょう。
そのときは柔軟に対応していく決断力を持ちたいものです。

0

コメントを残す