#5866

ゲーム規制に思うこと


備忘録

二日前、香川県の県議会に
「高校生以下のネット利用・ゲームプレイ時間を90分以下に制限する条例」
の素案が提出されたことが、Twitter上で大いに話題になっています。
内容としては、ゲーム依存を防ぐためにゲームのプレイ時間を高校生は一日90分以下に、
中学生以下は一日60分以下に制限することを、保護者や教員に義務付けるというもの。
この素案の背景には、世界保健機関(WHO)が、
2018年に発表したあらゆる病気のガイドラインを策定した「国際疾病分類第11版(ICD-11)」で、
新たに「ゲーム障害」という病気を認定したことがきっかけになっているそうで、
ICDにゲーム障害が加わったことでゲームを規制しようとする動きは、
実は中国など他の国でも見られます。

ただここで気を付けなくてはならないのは、香川県の事例はまだ素案が提出された段階であり、
条例が可決されたわけではありません。パブリックコメントの募集もまだこれからです。
Twitter上ではあたかも「香川県民は頭おかしいんじゃないか」と
県民を批判するコメントが見受けられますが、それは大きな勘違いというか早とちりです。

あと、「香川県ではうどんの普及により糖尿病発病率がワーストなんだから
ゲームよりもうどんを規制すべきだ」などというコメントがバズっていますが、
これもなんというか論点のすり替えであるように思います。うどんはゲーム障害と関係ありません。

しかしこの問題は考えてみるとなかなか難しい問題です。
たしかに、思春期においてゲームにのめり込み過ぎると、
社会的な発達が遅れてしまい後の人生で苦労することはよくあります。
eスポーツ黎明期の今でも、「ゲームが得意」ということが社会に有利になることは少なく、
大人社会を生きることに不利になりかねません。
(そもそもゲームに依存しているからといって、ゲームの才能があるとも限りません)
また、今の自分がまさにそうですが、
ゲームにハマるだけハマっておいて他のことをろくに経験せず大人になって、
いざ大人になってからゲームに飽きてしまうとそこに待ち受けているのは巨大な虚無感です。
これを乗り越えるのはなかなか難しいし、無趣味というのは社会的にも何かと不利だったりします。
と、少し考えてみただけでも、
思春期にゲームにハマりすぎることは社会的にはマイナス面が大きいです。

でも、それは漫画や映画、その他多くの趣味に関しても同じはずです。
なぜゲームだけがこうもやり玉に挙げられてしまうのか。

個人的には、この背景には去年末に読書録でも取り上げた「発達障害」があるような気がします
#5849『発達障害との向き合い方』2019年12月25日)。
発達障害、とりわけ自閉症スペクトラムの子どもたちは、
うまく人とコミュニケーションができず、それゆえに友だちができにくく、
またいじめられやすかったり家庭での理解を得られないことから自己肯定感が低く育ちがちです。
彼らにとって、友だちが必要なく、やればやるだけ褒めてくれるゲームというツールは、
自尊心を守ってくれる唯一の存在、あるいは実社会の代替として、強い味方になることがあります。

つまり彼らにとってゲームというのは、学校生活で得られない充足感を満たしてくれるものなんです。
社会が自分を認めてくれないから、仕方なくゲームに認めてもらおうとしているわけです。
もし、彼らも社会に適用できて、学校生活で十分に自己肯定感を育てられたのなら、
ゲームに依存する必然性はどこにもありません。

要するに何が言いたいのかというと、
子どもたちが社会不適応を起こした結果ゲームに逃げ込んでいる状態を、
ゲームがすべて悪いと言っているのが社会の現状なのではないかと思うわけです。
少なくともそう思いたい、そう思い込んでいる勢力というのは一定数存在していて、
ちょうど自分が高校生の頃に流行っていた「ゲーム脳」という似非科学なんかもその例です
#4799『隔絶された仮想世界』2017年02月27日)。
ゲームという娯楽を悪者にしておけばいろいろと都合が良い。
子どもが不適応を起こした責任を、親や教師が被る必要がなくなるわけですから。
ゲームのせいにしておけば、子育ての経過を責められることもない。
「自分がダメなせいで子どもはこんなダメな子になってしまったんじゃないか」
と思わなくて済むわけです。

子どもが勉強しないことも含めて「ゲームが全部悪い」と主張する勢力は、
ゲームを規制すれば子どもは自然と勉強するようになると考えがちですが、そううまくはいきません。
社会に適応できないからゲームに逃げ込んだのに、
そのゲームからも追い出されたらといって逆方向に戻っていくわけがありません。
瓢箪を集めることを趣味としている子どもの瓢箪を、
全部玄翁で割ったら勉学に励むようになるかというと、そんなことはまったくありえません。
#4977『100年前の大人に思うこと』2017年08月15日)。

結局のところ、この素案を提出した香川県議員は、ゲーム脳を信仰する勢力と何ら変わらず、
「こうなって欲しい理想の子ども」に目を奪われるあまり、
「実際の子どもが何を求めているか」が見えていないのではないかと思う次第です。

よく言われることですが、子ども時代にゲームを厳しく規制された人ほど、
その子どもが大人になってからゲームにのめり込み抜け出せなくなり、
留年、ニートを経験するケースは非常に多い傾向にあるそうです。
もしこのままこの条例が可決され、香川県の子どもたちが一斉にゲームを規制されたら、
数年後の香川県は少なからず進学率、就職率等々に悪影響が出てくるのではないでしょうか。
あるいは、ゲームではない「もっとヤバいもの」が香川県内で流行る可能性もあるでしょうね。

自分の世代から言わせれば、それに相当するものはYouTubeです。
ゲームはプレイするのに少なからず努力を要求されますが、動画はそれすらありません。
しかも倫理的、道徳的にいかがなものかと思わせるコンテンツが星の数ほどあります。
あっちの方がよっぽど教育に悪いと断言できます。ゲームなんてかわいいもんです。
まぁ、今回の条例案はネットも規制しようという内容なので、
もし条例が現実になったらYouTubeもろとも規制することになるのですが……。
ゲームもネットも規制されたら香川県の高校生は何に手を出すんだろう?
それが何かは断言できませんが、絶対にゲームよりヤバいものであろうことは想像に難くありません。

でも自分としては、個人の趣味を自治体が規制するのはやっぱり奇妙だと思います。
それがまかり通るならパチンコなどのギャンブルやお酒やタバコも規制して然るべきなんじゃないか。
それとも、その辺は「大人だから自己責任」と言われてしまうんだろうか。
でもそれを言うなら「子育ては親の自己責任」でしょうからね。
やっぱりゲームだけ規制するのは筋が通っていないとは思います。
そんな条例を可決する暇があったら、
子どもの自尊心をしっかり発達させるために心理カウンセラーを各学校に配置するとか、
子ども同士のコミュニケーションの機会を増やすとか、もっといろいろやることはあると思います。

よく思うんですけど、
教えるのが下手な人って「何々をするな」と言うことが教育だと思っている節があって、
それさえ言っておけば子どもは正しい道に行くものだと思っているみたいなんですけど、
それはまったくの的外れだと思うんですよね。
スイカ割りを想像してみてください。
社会という一寸先も分からない場所に放り出された子どもがいたとして、
間違った道に行きそうになるたび「こっちは違う」「こっちに来るな」と声をかけ続けるよりも、
正しい道にしっかり立って「こっちだよ」と声をかける方がよっぽど効率的だと思うんですよね。

……まぁ、「そんなことができたら苦労はしない」と現役子育て世代の方々は仰るでしょうが。
難しいですね、なかなか。

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