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16年目の境地


web制作

去年のアニバーサリー記念記事、すなわちこのブログが15周年を迎えた日、
自分はこのブログが、今後も長く続くライフワークの一環として、
今後は誇りを持って続けたいということを書きました(#5733『風車は回り続ける』2019年09月01日)。

黎明期はブログブームの渦中にあって見てくれる人がたくさんいたから、
ブログは誰かの為に存在することができた。
けれどその後SNSやTwitterの台頭でブログが廃れると、ブログは自分のためのものでしかなくなった。
自己顕示欲を満たせなくなったブログは、後に残った「一日一本投稿する」という縛りだけが残って、
重い義務感ばかりを背負うものになってしまった。
それに七年という年月を耐えてやっと、
「誰にも見られなくても毎日続ける」という境地に至った15年目。ついにブログは自立をしました。
そして、自立してようやく、ブログをもっと誇れるものに育てたいという思いが生まれたのです。
それは、「他人に認められないならする意味がない」「他人なんてするかどうかの判断に関係ない」
というような他人ありきの不安定な欲望ではありません。
もう少しどっしりと構えられるようになったと自分でも思っています。16年目にしてやっと。

そんなブログですが、それでもやはり他人の眼というのは結構影響力があって、
例えばこの記事を読んでくれているあなたの1アクセスが、
書き手のモチベーションを結構大きく左右することがあります。
これは個人ブログだからこそ生まれてくる心理なのだろうと思っています。

そこで自分は、2020年からは二つの執筆方針を掲げることにしました。
ルールではなく方針なので、絶対に守らなくてはならないというものではなくて、
もう少し緩いものです。

ひとつは、「読者が興味を持ってくれそうな、いろいろな話題を書くことに努める」ということ。
もちろん、その範囲は自分が興味のある範囲に限られるので、
客観的に見れば大したことのない範囲に限定されるのは事実ですが、
それでも工夫の仕方はあると思います。

そのために、たとえば需要に対応すること。
ここだけの話、このブログにアクセスが集中しやすい記事というのはおおよそ傾向を掴んでいて、
大抵人気なのは“独り言”、もしくは自分の苦労話です。
このブログのアクセス傾向を見ると、「こんなことがあって良かった~!」という話より、
「こんなことがあってしんどい……」という話の方がウケやすいんですよね。
これは心情的になんとなくわかります。
だから「悩みごと」タグに属する随筆の類は伸びやすい。
一方、比較的不人気な傾向にあるのは“ゲームのプレイ日記”です。
そりゃあそのゲームをしていないと内容が分からないのですから需要が薄いのは当たり前です。

以前は、読者需要なんて考えたこともありませんでした。
ある未解決タスクについて書いて、翌日も解決しなければ当然のように次の日も書く。
ある新作ゲームにハマれば一週間連続でそれの話題というのもザラでした。
2005年春とかひどいもんです。ほぼ『メテオス』のことしか書いてないんですから。
それはそれでメテオスのブログとしては体裁を保っていたのかもしれませんが、
それは日記系ブログの目指すところではありません。

このブログは、『メテオス』が好きな人もいれば嫌いな人もいる。
それはゲームのタイトルに限らず、あらゆるテーマに対して好きな人もいれば嫌いな人もいる。
だから、一辺倒にならないようにある程度バランスを保っていく。
その日一本の記事だけではなく、月間あるいは年間を通してどう書いていくべきかを考える。
その上で、需要が分かっていてそれを書けるのであればたまにはそれを意識して書く。
というのが、これからのブログの在り方としては理想的なんじゃないかなと。
もちろん、本質的には日記系ブログは自分のためにあるものであり、
大衆のためのコンテンツではありません。なので需要に応えるのはあくまでサービスの一環ですが、
それが結局のところ回り回って自分のモチベーションになるのですから、
ブログにおいても需要を考えることは重要なことだとは思います。

もうひとつは空中Disを書かないこと。
これはもう当たり前というか、一昨年痛い目に遭ったのでその教訓を活かそうというものです。
あの件だけではなく、「ネット上で誰かをDisること」というのはあらゆるトラブルのもとだし、
それをアーカイブとして一生抱え込むのは一定のリスクがあります。
去年末、従弟に誘われて祖父母家に3年ぶりに顔を出しに言ったのですが、
そのときに「ブログに二度と祖父母家には行かないって書いてあってショックだった」
と言われて、やっちまった、と思ったのも事実です。
ネガティブな意見というのは、どうしても言葉が先走ってしまうことが多い。
自分としてはそこまで卑下したつもりはなくても、
相手によっては過剰なネガティブ意見として受け止められてしまうこともある。

インターネットという場所は、書いてきたことに対してそう簡単には訂正できません。
だから「そんなつもりじゃなかったんだけど……」と言わざるをえなくなる前に、
そもそもブログに発信していく言葉にはある一定の責任は伴わなければならない。
何故そうなるのかというと、これもやっぱり、世の中には自分を好きな人もいれば嫌いな人もいて、
とにかくいろいろな価値観の人がいるからです。
自分の発した何気ないネガティブな意見が、どこの誰に刺さるか分かりません。
いつかの言動が誰かに刺さるかもしれないとして、
900万文字15年分の言動すべての責任を負うのは無理があります。
だから、今後も末永くブログを続けていきたいなら、
愚痴系記事は今度なるべく衰退させる方向で動いていくべきだと思うわけです。
まぁ、こないだの上司の件みたいに名指しで愚痴ることはどうしてもあるかもしれませんが……。
少なくとも、主語を大きくして批判記事を書くのは止めたいですね。
そういう意味で、
ブログ開設当初から政治系の話題を書いてこなかったのはいい判断だったかなと思います。

いろいろな話題を書くことと、批判記事を書かないことという2020年の二大方針は、
どちらとも「世の中にはいろいろな人がいる」という原理に基づくものです。
いろいろな人がいるから、世の中は対立もあれば、さまざまな楽しいこともあるわけです。
自分もそういった大勢の中の一人として、
世の中を知った結果として楽しかったり辛かったり悲しかったり嬉しかったりしたことを
ここに書き残して、それがまた別の誰かに感心を与えられればそれで十分だと思うんです。

その繰り返しでゆくゆくはブログに誇りを持てると確信をもって言えるようになれればいいなと。

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