#5908

自己満足的行動原理


今日の出来事 空想

通販サイトAmazonの「置き配」ってめちゃくちゃ便利ですね。
いつの間にか実装されていたので試しに使ってみましたが、何の苦もなく受け取りできました。
注文する側は受け取り時に家に居る必要も、インターホンを気にする必要もなく注文でき、
配送業者も無料の割に莫大な手間を払っている再配達を大幅に減らすことができます。
まさしく、両者Win-Winのサービス。
マンションを決めるとき、無理して宅配ボックス付きの物件にしなくてよかったです。
こうなるともはや手渡し配送しか選べないというのがディスアドバンテージになるので、
逆にますますAmazon依存が進んでしまいそうです。

ちなみに注文したのは通勤用リュックです。
職業訓練が始まる直前、
2019年05月に「AISFA」という謎ブランドの安い防水リュックを買ったのですが、
買って半年くらいで肩掛けの付け根部分から穴が空き、どんどん広がっていってしまいました。
乱暴な使い方をしたつもりはまったくないのですが、まぁでも値段相応の耐久度かなと。
リュックに2,980円はさすがに安すぎたということで、
今回は5,000円クラスのリュックを買いました。それでも安いことには変わりませんが、
今はリュックにこだわるような余裕は無いのでこの辺で妥協することにしました。
明日からは新しいリュックを背負って活動していくつもりです。

さて、今日は02時半就寝13時起床。
睡眠リズムは昨日の自分が言うところの「微妙」な範疇に収まりました。
昨夜はなぜかなかなか眠れなかったのでお酒を呑もうとしたのですが、
すんでのところで飲まずに眠ることができました。
一番疲れているはずの金曜日の夜に眠れない謎現象の原因はなんなんでしょうね……。

起床後は、特に予定している趣味系作業もなかったので、
しばらく音楽を聴いたあと外に出て、銀行への用事を済ませたあとカフェへ。
1時間半ほど読書していました。
実は今月は読書が芳しくなく、かなり苦戦しています。もう22日なのにまだ読み始めたばかりです。
上旬はアイデアの創出について考える本を読みたいと思い、
実家生活時代に買って読んでいなかった、外山滋比古『知的創造のヒント』を読んでいました。
が、これは結局同じ著者で以前読書録にも書いた
『乱読のセレンディピティ』(#4848『活字との付き合い方』2017年04月16日)に酷似しているため、
途中でダレて読むのを諦めてしまいました。

中旬は、ひょんなことから「もっと論理的思考力を身に付けたい!」という思いに至り、
横山雅彦『「超」入門!論理トレーニング』という本を買いました。
しかしこの本、序盤を読んでみると英語の話ばかり。
「英語というのはロジカルな言語である」という主張に立脚した論理の本らしいのですが、
自分が求めている「論理の本」のイメージからはほど遠かったので、これも読むのをやめました。
若干タイトル詐欺と言えなくもないように思います……。
それとも自分の持っている論理に対するイメージこそが誤っているのでしょうか。

そんなわけで2冊の本を中絶してしまい、今月も残すは今日含めて8日しかありません。
2020年の年間計画では年12冊が目標なので、今月読めなかったら来月読めばいいだけですが、
そうやって「借金」をこさえるのはできるかぎりしたくない。
できれば、月一冊を維持していきたいものです。
というわけで今は、昨日東京駅近くの丸善で買ってきた300ページほどの本を読んでいます。
明日、明後日もカフェに行くか、来週何度か各駅停車通勤をすれば、
残り少ない時間でもなんとか読み終われそうです。
あんまり急かされて本を読んでは本末転倒なので、そこは気を付けたいところではあります。

100ページ読んでカフェを出たあとは、京王線→山手線と乗り継いで渋谷に来ました。
自宅のテーブルの下にハウスマットを敷きたいと思ったので、ニトリに行くためです。
渋谷駅ハチ公改札は何らかの工事をしていて一方通行になっていましたが、無事に広場に出て、
例によって大変な人混みの渋谷スクランブル交差点前を歩きました。

せっかく渋谷に来たので、ニトリに行く前にタワーレコードにも寄ってみることに。
タワーレコードに来たのは上京して初であり、2017年01月の東京旅行以来3年ぶりです。
エレクトロニカのコーナーは様変わりしていましたが、コーナーそのものは存続していました。
視聴もできたので何枚か聴いていると、ぜひライブラリに入れたいアルバムを発見。
厳選して2枚選び、レジに持っていきました。来月10日の音楽再生数統計日に入れる予定です。
エレクトロニカは探すのが難しいので、
こうやって実店舗でプッシュされている作品を買うのも悪くないですね。
実際、実店舗で買ったエレクトロニカで大きなハズレは今までに一度もなかったと思います。

改めてニトリへ。
地元にもあるのにわざわざ渋谷のニトリに来るのは2つ理由があって、
まず第一に品揃えが段違いだからです。
ニトリ最大規模の店舗がどこにあるのかは知りませんが、渋谷はかなり上位なのではないでしょうか。
今日も、本当に望み通りのものが存在するのかは分からないまま来店したのですが、
無事にドンピシャなアイテムを見つけることができました。
第二の理由は接客が良いからなのですが、これは今回裏切られました。
たまたま対応したのが中国系の外国人店員で、愛想もへったくれもない対応……。
これはひどい偏見なんですが、外人スタッフって「空気を読む」ことができないことが多く、
ぶっきらぼう、愛想がない、冷淡、粗雑、といったネガティブなイメージがとても強いです。
しかも厄介なことに、東京はこういった外人スタッフがかなり侵食していて、
新宿でランチに行っても対応するのは外人ということは少なくありません。
自分はお店に対してそこまで接客を重視する方ではないですが、
それでも相手が外国人だったりするとどうしても「あ、ハズレか」と思わずにはいられません。
別に外人を差別したいとか、そんな意図はさらさらないし、ハズレの日本人もいるわけですけど。
空気を読む能力に長けた一部の日本人がいかに素晴らしいかという話です。

帰りは井の頭線には乗らずにあえて山手線→京王線と乗り継いできました。
始発の新宿駅から乗ることで確実に座り、読書を少しでも進めるためです。
結局今日一日で136ページまで進みました。まぁそこそこのペースなんじゃないでしょうか。

結局帰ってきたのは20時半すぎと、平日出勤日とほぼ変わらないような感じに……。
その後自宅で夕食をつくって食べて満腹でダウンしているうちに日付が変わっていました。

こうして振り返ってみると、本はがっつり読んでいるし買い物もしているし、
3年ぶりにタワレコでCDを買ったりといろいろなことをしているのは確かなんですが、
これはすべて「消費活動」でしかないんだという謎の焦りがあります。
もう定期的に書いていますが、自宅での生産的な作業が一切できなくなっている、
というのが最近の休日の悩みです。
これは朝起きられない遠因にもなっていると思います。
やることがないんだから起きる必要がないのは当たり前です。

これはいま、2019年にTwitterを卒業したことでネット上で孤独になっていることも大きいのかなと。
見せる相手がいないから頑張る必然性がない。
自己満足では動けないというのはもうこの4年くらいで散々痛感させられてきました。

しかし、その一方で「自己満足でもいいじゃん」と割り切って作業できる日も稀にある。
先月上旬の、3年分の音楽再生数統計データをまとめる作業なんかはまさにそれでした。
本当に「稀」なのですが、誰にも見てもらえないであろう作業も、
まったくできないというわけではなさそうです。
まぁあれも、ブログのネタになるという点では
やはり他人の目に期待していたところもあるのかもしれませんが……。

最近思うことなのですが、やはり行動原理において「他人」というのはとても重要です。
他人から何らかのフィードバックがあるからこそ、人は行動できる。
それはひとつの事実なのでしょう。
しかし同時に、「他人」というのはとても気まぐれで、
自分がコントロールできない範疇の存在であるということもまた確かです。
そのような不安定な存在を前提として行動するということは、
行動そのものもまた不安定にならざるをえません。
要は、「他人が見ていないところでは一切頑張らない」という姿勢ができてしまいます。

だから、他人に認めてもらいたくて行動するのも結構なことだけれども、それはそれとして、
自分のためにする「自己満足的行動」も、ある程度は許容されるべきなのではないかと思うんです。
先日自己研鑽の話を書きましたが、それもまさに自己満足的行動のひとつです。
他人に認めてもらうことを前提としていたら、長期的に結果を求める行動は永遠にできません。

その作業が、他人に認めてもらえなくてもいい。需要がなくてもいい。
自分が大切だと感じたならそれをすればいい。
そんな姿勢をこれからは是非とも培っていきたいものです。

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