#5912

妄想の一人歩き


空想

ふと帰り道に思いついたこと。
自分は人生において設定する目標を、時には意識的にハードルを下げるということも大事なのかなと。
なぜなら自分は目標を設定する際、「前回よりは高度なもの」を求めがちだと思うからです。
レベル1を突破したら次はレベル2に挑戦したくなる。レベル2をクリアしたら次はレベル3。
ゲームをしていればそんなのは当たり前だし、
現実の仕事や勉強も往々にして、段階的にレベルアップしていくようにできています。
だから、前回よりも高度なことにチャレンジしたくなる精神そのものは間違っていません。

ここで問題になってくるのは、「前回」を挫折したり断念したりしたときです。
自分の思考回路を思い返してみると、
「前回よりは高度なもの」を求める精神は、
前回をまともにクリアしたかどうかが考慮されていない場合が多いということに気付きました。
クリアしてようがしていまいが、次に行く。
クリアしていないどころか、
「こんなことをやりたいな」と思っていたことにそろそろ飽きたから次を思い描くときも、
自然と「前回思い描いていたこと」より高度なことを思い描いていることが多い。

まさしく妄想の一人歩きです。
現実でクリアするという体験を経ないうちに、頭の中だけはどんどんレベルアップしていく。
クリアできなかった目標よりも高度な目標なんて、端からクリアできるはずがありません。
したがって、妄想の一人歩きをすればするほど、行動力は抑制されていくことになります。
その結果として、できることは少ないのにやりたいことは過剰にあるという飽和状態になり、
何から手を付ければ分からないという状態になります。

すべて仮定の話ですが、この積み重ねで今に至っていると考えれば、
2019年から自分が無趣味になってしまったことがなんとなく腑に落ちる気がします。
無趣味の原因は現実的経験値を無視したがために起こった、
「やりたいこと」と「できること」の乖離なのだと。

だから、今更ゲームでハイスコアを出しても喜べない。
なぜなら「ゲームでハイスコアを出す」という目標は今はもうクリアしたことになっているから。
かといって、ゲームより高度な趣味に着手できるのかと言われると、できない。
なぜなら現実的経験値が足りないから。

なぜ「クリアしたことにする」という方向に行ってしまうのかは分かりません。
単なる忍耐力不足かもしれないし、年齢を重ねていることに対する焦りなのかもしれないし、
傲慢や自尊心のせいかもしれないし、あるいは自己顕示欲暴走の賜物なのかもしれません。
原因がどの精神にあるのかは、今のところ分かりようがありません。
そもそも精神が原因ではなく、身体に問題がある可能性だってあります。


このツイートは、先日流れてきていいなと思ったとある人の漫画です。
中身が読めない人のために解説すると、本や映画が大好きだったとある社会人が、
仕事に打ち込んでいるうちはまったく趣味を楽しむ余裕がなかったが、
その後に時間ができるようになって久々に趣味を楽しもうと思ってもうまく楽しめなかった。
ところが根気よく趣味と向き合っていくうちにまた夢中になることができたという話です。
まさにブラック会社時代を経て無趣味問題に悩んでいる自分にドンピシャな内容です。

このツイートでは、「どういう経過を経てまた夢中になることができたのか」
が細かく描写されておらず、ほとんど省略されています。
自分はその省略されている部分にこそ、無趣味を克服する鍵が隠されていると思っていて、
それは今のところ「クリアしたつもり」を止める、ということだと思っています。
とにかく妄想で完結しない。少しでもいいから現実に引っ張り出して経験値を稼ぐ。
レベル1がみっともないとか思わずに、簡単なものも丁寧に向き合う。
それを根気よく積み重ねていくことで、妄想上ではなく現実で楽しむ下地ができるのではないかと。
仕事バカになって趣味を失ってからも再び再起するチャンスがあるという点では、
このツイートは自分のような人間にはとても救いのあるメッセージです。

「いつかやりたいな」ではなく、可能なかぎり迅速に行動する。
思ってたよりつまらないかもしれないけれど、そうして初めて現実と向き合うことになるわけです。
とにかく頭の外に出してみるという考え方は、先日書いた「如何に真剣になれるか」
という考察にも共通しているところがあります(#5900『真剣な話』2020年02月14日)。
明確に「今」を生きることが、きっと意欲的になれる第一歩なのではないかと。

「したことにする」というような妄想先行の考え方が全部悪いと言うつもりはありません。
妄想はときとして現実が走るレールの役割を果たすことがあります。
だから、妄想も妄想で大事であるということも否定はしません。
ただ、現実をおいてきぼりにしてしまうと、現実問題として現実で困ることになります。
その原因が妄想の一人歩きだとしたら、少し意識を改革する必要はあるのかなと思いました。

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