#5938

誰かとの縁


空想

昨日書いた、日記の登場人物一覧ページを14年半ぶりに復活させようという話。
さっそくですが、完成しました。
ですが、いろいろ考えた結果、これはEvernoteにのみ取っておいて、
一般公開はしないという方向に行き着きました。

その理由はざっくり2つ。
ひとつは、書き出してみたらプライバシーの集大成みたいになってしまったことです。
ブログにわりとなんでもかんでも書いている自分ですが、
そんな自分ですら公開をためらうほどのプライバシーの塊です。
言ってみれば、履歴書をネットに公開するようなものなのかもしれません。
交友関係を公開するという点でいえばFacebookが近いかもしれません。
それはいくらなんでもリスキーだなと思ったのが公開を踏み留まった大きな理由です。

もうひとつは、以前同じような話題に言及したときに、
「このブログに登場させられて嬉しいと思うかどうか?」
というアンケートをTwitter上で行ったときに、嬉しいと思うと答えた人が6割に留まったこと。
つまり逆を言えば、4割は好ましくない、不快だ、嫌だと思っている可能性があるということ。
2割程度なら無視しても良かったかもしれませんが、4割は多すぎると思いました。
いくら過半数が「嬉しいと思う」と回答したからといって公開に踏み切るのは乱暴すぎる。
こういうときは、ネガティブな意見の方を重視せざるを得ないところがあります。

もちろん、Twitter上の人間関係=リアルの人間関係ではないのは明らかなので、
そもそもアンケート結果に信憑性がないと言ってしまえばそれまでです。
アンケートに答えた人にたまたまネガティブな人が多かっただけなのかもしれません。
ですが感情論として、他人に許可を得ずにその人の人となりについて公共の場で発表するのは、
あまり好ましくないと思う人がいるというのは自分も理解できます。
もちろん、その人を特定できない形での公開なら法的には何ら問題ないのは明らかなのですが、
やっぱりたとえ黒線を入れられていたとしても、
自分の顔写真が自分の知らないところで公開されたくないというのが人情だと思います。
これが理由のふたつめです。

ということで今回は書いたけれど非公開にするという結論に至りました。
ひそかに楽しみにしていた方がいたらすみません。

でも、書いたことそれ自体は良かったと思います。
リアルでそこそこ縁のあった人を書き出したら85人になりました。
もちろん、現時点で忘れてしまった人も相当数います。
小学校低学年時代の友人や先生は、なんとなくイメージは頭の中に残っているけれど、
もう名前がどう頑張っても出てきそうにありません。
当時は途中で転校してしまったので卒業アルバムなども残ってなく、
忘れてしまえばもう物的証拠もありません。実家の私物も全部捨ててきてしまいましたからね……。

でも、その一方で確かに覚えている人もたくさんいる。
こうやって改めて一覧化して思ったのは、
自分はなんだかんだで人の縁に恵まれているんじゃないか、ということです。
いろいろな方面で人生のきっかけをくれた人、嫌わずにいてくれた人、慕ってくれた人、などなど。

これは、「だから出会った人に感謝しよう!」と当たり前のことを言いたいのではありません。
つまりそれだけ、記憶が良いものだけに洗練されてそぎ落とされてきた結果なのだと思っています。
五年くらい前まで自分は、学生時代の記憶は黒歴史しかないと本気で思っていました。
厨二病を発症した中高時代なんて目も当てられない。
それに結局恋愛もできなかったし、リア充になれなかったし、良いことなんてなかった。
とんでもない取り返しの付かない過ちを犯してしまった、
というのが五年くらい前までの自分が学生時代を振り返って思う率直な感想でした。

でもその考え方は、結局のところ「自分」しか見ていません。
中高時代の自分がいろいろ行動した結果、結局他人から十分に注目を得られなかった。だから悔しい。
というのが、五年前の「後悔」の本質だと思います。
つまり、自分がどれだけ認められたのかという尺度でしか世界を見ていない。
認められなかった自分は常に陳腐であり、認めてくれない他人もまた陳腐にしか映らないのです。

でも、そうじゃなくていま改めて、当時の「他人」がどうだったのかと思いを馳せてみると、
誰もが個性的で魅力的で、人生の糧になる人ばかりだったなと思うわけです。
これは、他人が変わったというよりは自分自身の視点が変化した結果だと思います。
まぁ、なのでこの「視点」を高校当時持てていればよかったのに、
という別の後悔はまぁありますかね。無理だったと思いますが。
ともすれば高校時代の自分なんて他人をカボチャとみなすどころかそっちを見ることすらなく、
ただひたすらゲームの世界にのめり込んでいましたからね。
舞台の上は常に自分とゲーム機しかなく、他人は観客席にいる人でしかなかったわけです。
本当にコミュニケーション以前の問題だったと思います。

自分は「他人を認める」ことこそが大事だという境地に至るまでに、ざっと12年かかりました。
ですが、高校当時から親の教えによってすでにそれを実践できていた人も少なからずいるはずです。
彼らが他人を認めることの大事さを知っていたからこそ、
何も持っていない自分もこうして卒業後12年も経ってからひそかに恩を感じたりするのだと思います。
誰も彼もがかつての自分みたいな利己主義だったら、きっともう誰も思い出せないでしょう。
なのでまぁ、自分はもう高校時代のクラスメイトには忘れられているかもしれませんね。

新宿駅に降り立つといつも思います。
無数に行き交う人々の一人一人に人生のストーリーがあり、その先にさらに無数の「縁」がある。
縁の先にまた他人の人生があり、また縁があって……と無数に繋がっている。
これってとんでもなくスケールの大きなことだなと。

そんな宇宙のような壮大な世界の中から選ばれた、たまたま自分と縁のあった人たちというのは、
実は自分が思っているよりもはるかにかけがえのない人たちなのではないかと、
そんなことを思う今日この頃です。

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