#6035

東京発最初の帰省 #3


今日の出来事

実家帰省三日目。01時半就寝11時半起床。
とにかくゲーム三昧な7ヶ月ぶりの帰郷。
ラストは『スプラトゥーン2』を……と思いアップデートをダウンロードして、
ナワバリバトルを数回プレイしてみたのですが……うんざりしました。
自分と身内が入った部屋は瞬時に8人揃って「モンガラキャンプ場」でバトルが始まるのですが、
相手4人はまったく戦う気なし。ひたすらアオリイカ行為をするだけ。
味方2人もまったく戦う気なし。敵の隣でアオリイカ行為をするだけ。
……え、何が面白いの、それ??
試しに攻撃すると多少は反撃してきますが、ナワバリを広げようという意志は微塵も感じられない。
結果、2戦2勝。しかしまったく戦った気がしない。
時間の無駄も甚だしいので、他のゲームモードに移ることなく即座にシャットダウンしました。
もともと小学生に人気なタイトルということで治安は期待していませんでしたが、
あまりのひどさにガッカリしましたね。イカはもうダメだ。
もちろん、レーティングバトルである「ガチバトル」はこの限りではないのでしょうが、
それはそれでガチ勢の魔窟になっているでしょうから今更入りにくい。
唯一救いがあるのは「サーモンラン」くらいでしょうかね。ただそれも4人揃わないと辛い。
『スプラトゥーン2』はいつの間にか参入のハードルが非常に高くなっていたようです。

ということで結局最終日もスマブラやっていました。
スマブラのネット対戦は煽ってくる人は(二人でプレイする限り)滅多にいないし、
とりあえずまともに戦ってくれるし、実力も伯仲していることが多いので無難に楽しめます。
むしろスマブラ以降、マルチプレイでスマブラに勝るコンテンツと出会っていないような……。

今回の実家帰省で強く感じたのは、そういう強力な古参コンテンツの前には、
小粒の新作はまったく歯が立たないということですね。
大型タイトルが強力なアップデートを次々にしていくのに対して、
そういう恩恵もない「ただの新作」はあまりにも非力すぎる。
自分にとってのゲーム全盛期である2005年前後は、新作というだけで注目されたものですが、
あれは追加DLCがまだなく、一極集中が進んでいなかったからこそだったと思います。
今は売れたタイトルは追加DLCによってどんどん強化されていって豪華になっていくから、
相対的に注目されないタイトルが軽視されがちな傾向にあると思うんですよね。
2ヶ月周期くらいでタイトルを次々に遊んでいた時代はもう終わり、
一本を細く長く楽しむ時代になったのかなぁと思わされます。

なので今後の方針としては、何か光る小粒タイトルを探すのに労力を割くよりも、
既存の大型タイトルを楽しめるように腕を磨いていくのが無難なのかも。
具体的には、スマブラやフォートナイトといったタイトルですね。
今秋には『Apex Legends』もNintendo Switchに来るそうなので、
そっちにシフトするかもしれませんが。

帰りの新幹線は21時半すぎとかなり遅めの便で予約していたので、
夕食は実家で食べて、その後しばらく漫画を読みながら最後の時間を過ごしていました。
駅までは親が送ってくれたのですが、
その車の中で我が家の犬が先々月亡くなるまでの経過をいろいろ教えてもらいました。
自分が実家を離れたのが2019年11月末。
その4ヶ月後の2020年03月頃から、突然立つこともままならなくなったそうです。
それでも起こしてやれば歩いたしごはんも問題なく食べていたそうです。
亡くなる2日前まではちゃんと食事もしていました。
2014年に一度瀕死になったときは肝臓を悪くしていたのですが、
今回は最終的に腎臓が悪くなっていたらしく、
急速に具合が悪くなっていたことを考えると他の病気も持っていた可能性も否めないとのことでした。
骨もボロボロだったのか、火葬するとほとんど残らなかったそうです。
それを2014年からずっと堪え続けてきただろうことを考えると本当にいたたまれません。

新型コロナウイルスさえ無かったら、きっと自分は最後に一目会うことができていたのでしょう。
あと5日生き延びていたら15歳を迎えていたのに。
そんな風に「たられば」を考えてしまうとどうしても後悔の念が付きまといますが、
そうやっていきものの死をマイナスのイメージで捉えることはきっと間違っていて、
これまでの生を前向きに捉えてやることがせめてもの残された家族に与えられた責務なのでしょう。
だから自分は2005年に我が家に来たミニチュア・シュナウザーのことを一生忘れません。

駅に到着して親と別れ、すぐに新幹線改札へ。
改札内のコンビニで適当に飲料を調達して指定席に乗り込みました。帰りの新幹線はMaxとき号。
新幹線車内では行きと同じように快適な座席で各種作業を……と思っていたのですが、
なんかやたら揺れるのでなかなか捗りませんでした。
プチ車酔いみたいな症状も出てしまったので特に読書がまったくできませんでした。
ほとんど人がいない東京駅に到着後、すぐに中央本線に乗り換えて新宿駅へ。
日付が変わって00時ちょっと過ぎ、京王線特急で自宅に帰ってきました。
特急に乗る頃には酔いは覚めていたのでこのときは読書が捗りました。

そんなこんなで、2.5日間の7ヶ月ぶりの実家帰省が終わりました。
今回で思ったのは、実家帰省は息抜き手段としてもっと活用する余地があるのかなということでした。
また、帰省をスケジュールに組み入れることでメリハリが付くのも利点かなと。
今週はこの帰省のため、休日に一切の趣味系作業はしたくないという思いから、
月曜日から木曜日までの隙間時間に各種作業を片付けるようにしました。
結果的に、普段なら休日にまとめてやろうとして4割もできれば上出来といった作業群が、
木曜日までに全部終わらせることができ、帰省中はなんの憂いもなく羽を伸ばすことができました。
こういうのが休日のあるべき姿なのかなと思った次第です。

今まではなんとなく休日にしか自分の時間はないという思い込みから、
休日に作業計画を詰め込んでいたわけですが、
そうなると結局、自由時間というものが皆無になるわけです。それでモチベが保てるはずがない。
それを薄々感じていたからこそ、休日にやろうと思っていた計画は毎度瓦解して、
半分もできないのが当たり前という状況に陥っていたわけです。
作業を思いついてから決行するまでにタイムラグがあるのも大きい。
月曜日に思いついて、「これは土曜日にやろう」と思ったところで、
土曜日の時点でまだそれをやる意欲が残っている保証なんてどこにもないわけです。
むしろ、意欲はもう失われていることの方が圧倒的に多い。

というわけで、休日は精神的休養と自由時間のために確保しておいて、
やるべきことは平日退勤後になんとかする、というのが今後求められるんじゃないかと思いました。
それに気付かされた今回の実家帰省はそれだけでもかなり良い収穫だったと思います。

7ヶ月ぶりの実家は、学生時代の実家帰省と同じように
良くも悪くも「実家暮らし時代の続き」がそこにはありました。
ゲームをしていればそれで許される平和な世界。逆に言えば、ゲームがないと非常に退屈です。
実家帰省を楽しい時間にするためには、かつての祖父母家帰省と同じように、
いかにしてみんなで楽しめるゲームを発掘して周到に準備できるかという点も大事になりそう。
ですが、それはそれとして18,000円でちょっと贅沢な憩いの地に来れるというだけでも
それなりに価値はあると思いますけどね。
お金さえあればそれを休日の過ごし方の選択肢のひとつにできるというのは大きいと思う。
一人暮らしでいろいろ追い詰められることも今後あると思いますが、
そういうときに実家帰省は真価を発揮すると思います。
さて、次はいつ行こうか……。

0

コメントを残す