#6037

とある港町のラジオ局


文化

今日もいろいろなトピックスがあるのですが、
いかんせん01時近くになってしまったので絶対に書かなくてはならない一点だけ書いて寝ます。


「新潟県民エフエム放送」通称fmport、本日ついに停波。
最後の一時間くらいを聴いていました。そして最後の瞬間を聞き届けました。
自分にとって、邦楽を聴くようになったきっかけであり、
高校時代の登下校のお供でもあり、
また前職時代の深夜残業中の癒やしでもありました。
当時黒歴史でもあった自作詩を番組内で紹介してもらいさらに大賞を受賞したという
文系関係の少ない成功体験を得た場でもあり、少なからず進路選択にも影響を与えています。
まさに思春期の象徴たる存在でしたが、今日ついに約20年の歴史に幕を閉じました。
最後はTwitter全国トレンド3位までのし上がるという勢いを見せ、
いかにfmportが多くの人に愛されていたのかを思い知らされました。

私たち人間は得てして、当たり前のように存在するものは、
当たり前のように未来永劫存在し続けるものと勝手に思い込みがちです。
しかしその愚かさを、こうして失って初めてその大切さに気付かされるものです。
それはラジオ局だって例外ではありません。
自分もまさかfmportがなくなる日が来るなんて思いもしませんでしたが、
なくなるということを知って初めて、ラジオという媒体の素晴らしさを痛感する結果になりました。
なぜ、それをもっと早くに気付けなかったんだろう。
本当に時代の流れが残酷すぎて身に染みる。

今回停波してしまったラジオ局のように、
自分たちが当たり前のように存続しているサービスというのは
実は裏ですごい人の努力があったり、いろいろな利権が絡んでいたり、多くの人に支えられていたり、
時代の波になんとか乗っていこうとたくさんの人が頑張っていたりするわけで、
当然最先端から滑り落ちていくものがあっても不思議ではないわけです。
それはサービスだけではなく、人やモノや風景も同じ。
すべては時代とともに移ろい、永遠にそこにあり続けるものはありません。
まさしくこの世は諸行無常です。

だからまぁ、なんというか月並みな結論ではありますが、
だからこそ「いま」を大切にしていきたい、全力で生き続けたい、
できることなら自分の好きなものは一人の関係者として精一杯支えていきたいなと思うわけです。
最近はクラウドファンディングなど個人がサービスを具体的に支援する仕組みも確立しているので、
もうそろそろ自分も遠慮無く社会人として社会を支える側に回っていきたいなぁと思います。

そして自分は一人のブロガーとして、
「こんな素晴らしいものがあった」ということを書き残すのは使命の一つだと思っています。
このエントリーは、10年後は当然のこと、30年後、50年後にも残すものとして想定しているので、
変わり果てた未来から見た「いま」は、もはや文章でしか残っていない可能性もあります。
そのことを考えると、やはりブログも下手に保留せず遠慮無く書くスタイルがいいのかなと。
特にコンテンツ過多な昨今は、アーカイブに残すことの重要性がより増していると思います。

ともあれ、ラジオに限らずいまお世話になっているものはより大切にしていきたいものですね。

さて今日は、今日こそ作業に集中しようと思っていたのですが、
界隈で面白い配信をしていたのでそっちに集中してしまい結局時間を取ることはできませんでした。
なんだかんだで平日退勤後作業できていないという現実があるので、ちょっと危機感があります。
某界隈についてのトピックスもいろいろあるのですが、それは後日ということで今日は寝ます。

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