#6042

他人任せのやる気


空想

例えば自分の一日で何かをできるキャパシティが100だったとします。
やりたいこと・やるべきことというのは何もしなくてもどんどん積もっていくので、
大抵週末になるころには1,000くらいになっています。
それを片付けるのに100くらい必要なタスクが10個あり、その合計が1,000くらいということです。
これをどうやって切り崩すかというと、たいていタスク10個を少しずつつまみ食いします。
例えば10ずつ片付けると、各タスクは1割進み、残りは900ということになります。
「集中できなかった日」というのは、こんな感じになることが多いです。

こういうつまみ食いスタイルは、基本的に何も満たされません。
タスクが片付いたわけでもない、進んだとは言えるけど大きく前進したわけでもない。
1割進んだからといって他者から称賛を得られるというわけでもない。
結果として、大いに疲弊します。日曜日の夜は絶望感と共に過ごすことになるわけです。
それを重々知りながら、1個のタスクに100のエネルギーを費やせない理由はうまく説明できませんが、
なんとなく着手するのがひとつだけだと納得できないような心理があるように感じられます。
あと単純に、一日を賭けてひとつのことだけに取り組むのは集中力が保たない。
一方、1割だけ進めるのは大して集中力を要しません。
しかし現実問題として、一週間に1割だけではタスクが終わらないんですよね。
単純計算で10週間かかることになりますが、10週間後にはそのタスクはとっくに時代遅れになっていて
やる価値がなくなっているなんていうことはザラにあります。
だから、なるだけスピード感を持って取り組まなければならない、その理屈はよく分かる。
でも、それにモチベーションが伴っていないというのが現状で、これはとても悩ましいです。
便宜上1割とは書いたけど、
進んでいるようで実は進んでいないからこういう実感を感じるのかもしれない。

この悩みは、おそらく「褒賞がないこと」に対する悩みであると思います。
つまり自分の現時点での意欲は、誰かに認められたいという欲望に強く依存している。
誰にも褒められなさそうだったり、
褒められることに対して努力が割に合わなかったりするとどうしても着手できない。
褒められるというのは確かに嬉しいけれど、その程度というのはたかがしれたものです。
だから、それ以上の努力ができないでいる。

自分がいま、1割は着手できるがそれ以上は着手できていないのは、
それ以上は頑張っても割に合わないということを本能が感じているからなのではないかと思います。

そのことを踏まえて自分が意欲を出すための解決策を考えるとしたら、
おそらく有効なのは「途中経過」を認めてくれる信頼できる人の存在です。
「まだ一般公開には至らないけどここまではできた」という段階でも他者からの承認を得られれば、
それが原動力になって次のステップに進むことができるのではないでしょうか。
一方、そういう人の存在がない現実は、「一般公開には至らない」という段階である限り、
誰からの他者承認も得られません。

こう考えると、承認欲求に基づいて何かをするというのはまるでグライダーのようです。
一度走り出したらもう自分一人のチカラでは再び上昇することはできない。
他者に押してもらわないと飛び立つこともできない。
そうではなく、依存ではなく自立した行動力を得るためにはどうすればいいのでしょうか。
その辺を解決しないと、年間計画の突破は難しいんじゃないかと思う今日この頃です。

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