#6044

強い夢は叶う


空想

うっかり1時間寝てしまい目を覚ましたらこんな時間……。
明朝が心配ですが一年に一度しかない七夕の話題なので書き急がずにしたいと思います。

思えば、元日と並んで「今一番成し遂げたいこと」を確認する日として定着した07月07日。
過去記事をざっと眺めていると、
ここに書いたことというのは概ね叶っていることが多いような気がします。
それに関して、自分は以前「この世はたいてい思い通りになる」と極論を書きました
#5600『選択の話』2019年04月22日)。
これが意味するところは、人は意識的にしろ無意識的にしろ、
選択可能な最善を選んで人生を歩んでいるはずだという自分哲学によるものです。
これを書いた当時、知り合いにいかにも「またメンヘラが変なこと言ってるよ……」
的な哀れみの目を向けられたことを覚えています。
どうもこの考えはそう簡単に他人と共有できるものではないらしく。

でもきっと、そういう思想が人の中にこんこんと湧き出ているからこそ、夢は叶うのだと思います。
いつの間にか願いは現実になっているのだと思います。
それは、一朝一夕では叶わないかもしれない。
けれど、それが「最善」であるかぎり人は着々とそれに向かって歩を進めるものなんです。
あえて「最悪」を選ぶ人なんていない。
もちろん、日によっては体調などによって前進していないような気がすることもあるでしょう。
でもそれは体調が悪い中での最善を選んだ結果なんです。

そうやってあみだくじのような人生のルートを右へ左へと歩いていった結果、
「なんだ、こんなものだったのか」と意外なくらい現実的な「夢」に辿り付く。
それが人生というものなのではないかと思うわけです。

シンガーソングライターのさだまさしも「強い夢は叶う」と言っていますが、
同じ理屈だと思っています。
親がさだまさしを好きなので、このフレーズは昔から実家の廊下に色紙に書いて飾ってありました。
子どもの頃は「そんなの理想論だろう」としか思えませんでしたが、
今はさだまさしの言いたいことがよく分かります。

「この世はたいてい思い通りになる」なんて言うと理解されがたいのかもしれませんが、
自分としてはこれは今までの人生を顧みて得たひとつの真理だとは思っています。

だから、夢や願いは掲げるべきなんですよ。
どうせ叶わないから、どうせ実現不可能だから、どうせ自分は……
などと思って何も掲げないのは、未来の可能性を踏み潰すようなものです。
なんでもいいからとりあえず掲げれば、
時間はかかるかもしれないけれど、その実現に向かって自分なりに動いていけるはずなんです。
紆余曲折、いろいろと遠回りをすることもあるでしょう。
しかし実現してしまえば、結果的にはそれが自分にとっての最短距離なんです。

自分も2019年11月に完全な経済的自立を果たすまで実にいろいろな紆余曲折がありましたが、
今にして思えば、前職で5年勤めたことも、それによって身に付けたさまざまなスキルも、
その後の自分にとっては絶対不可欠なものでした。
だから2019年に自立したというのは結果的には自分にとって最速だったわけです。
2013年頃から自立したいとは思っていたけれど、
あのときに無理矢理自立していたらたぶん何かしら破綻していたことでしょう。

こういった思想を濁すものがあるとしたら、それは競争原理、つまり他人と比較することです。
よりよい大学に行くべきだ、大卒後は即自立すべきだ、XX歳までに○○すべきだ、
と考えるのは、他人によく思われたい、特別でありたい、他人を出し抜きたい、
という気持ちがあってのことなのでしょうが、
そういった他人の眼という物差しで人生を選択することは、
「自分にとっての最善」以上の選択肢の存在を許すことになります。
それは自分ができることの限界を越えているわけですから、どう頑張っても実現できません。
すなわち、挫折することになります。
それによって行動自体を止めてしまえば、夢も希望もあったものではありません。
椅子取りゲームに勝つことを夢や目標とするのは、なかなかリスキーであると言えます。

挫折とは、他人に与えられるものだと思います。
逆に言えば、他人と競争したり、比較したり、他者評価を気にしたりしなければ、
人は挫折することなく「最善」を選択していくことができる。
これは人生設計においても、あるいはメンタル防衛の面でも大切なことではないでしょうか。

去年の自分の願いは「夢中になれる何かと出会えますように」でした。
今にして思えば当時の時点でポケモンGOに夢中になっていたような気がしなくもないですが、
要はそれ以上に「ハマる」何かと出会いたいということなのでしょう。
これは一年やそこらで叶うものではなさそうなので、今後も模索していきたいところです。

さて、これらを踏まえて今年はどういう願いを短冊に書きましょうか。
ということで少し考えてみたのですが、以下に掲げます。
『縁のあった人たちといがみあうことなく、その縁がお互いの糧となるような人間関係を広げたい』

2015年の願いは単に「人との出会いに恵まれたい」という願いでした。
2020年のいま、それは叶ったと言ってもいい状況まで来たとは思うので、
次はそれぞれの人間関係をより良いものにしていけるようにしたいなと。
相手を尊重し尊敬し、それによって自分の意欲に還元してくれるような人間関係を作りたい。
これはある意味では挑戦的な願いです。
なぜなら他人が自分を尊重し尊敬してくれるとはかぎらないし、そこは制御不能なわけですから。
でも、それでも「自分にとっての最善」となる道はどこかにあるはずなので、
そこへ向かって歩みを進めていきたいところです。

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