#6053

希望は手渡せるのか


空想

頼む立川に行かせてくれ。気が付けば先週土曜日以来一度も行っていないという。
エキュートでまた期間限定プリン売ってるから是が非でも行かなきゃならんのです。
平日は残業になると行くのは難しいので、明日の進捗如何によっては明後日になるかも。
とにかく明後日は必ず行きます。

今日も22時近くまでがっつり残業でしたが、
いろんな人のフォローをもらってそこそこ仕事を進められたので、まぁ悪くはなかったです。
この程度のレベルなら全然来月末まで頑張ってもいいんですけどね。

ところでふぁぼらなかったので引用できないのですが、
昨日こんな趣旨のツイートが若干バズっていました。
とにかく悩みが尽きない。自分がダメすぎて悩みが尽きない。
「他者は他者で自分は自分」「深く考えすぎないでいいんだよ」
といった通り一遍の慰め言葉もまったく刺さってこないくらいには日々悩んでいる。
そんな人がいました。いわゆる「めんどくさい奴」です。まぁメンヘラというやつですね。
要は、理想と現実の乖離に苦しんでいて、自己否定感に苛まれている状態です。
そしてその人は、あるときYouTubeに出演していたある人の一言で世界が変わったといいます。
それは、「悩みが尽きないなら、悩む時間を決めればいい」という一言。
一日のうち、この時間だけは集中して悩む時間と決める。それ以外は悩む必要はない。
そうすると、必ずしも四六時中悩む必要はなかったんだということに気付かされる。
その人は今まで、「悩むのが自分らしい」「悩むのが趣味」みたいに無意識に捉えていたことにより、
悩みの本質が見失われていたのでした。それをたった一言で気付かされたのってすごいなと。

そういう趣旨のweb漫画でした。
これは大いに共感します。
悩みって、あまりにも悩みすぎるとそもそも何に悩んでいたのかが見失われることがある。
特に自己否定感がその根底にあると、
連鎖反応のように次から次へとネガティブなものを掘り起こしてしまうので収拾がつかない。
これは、一人で解決するのは非常に難しい問題です。
しかし頭の中にしかない問題なので、他人の助けを得ることもまた難しい。
特に、厭世観が頭を侵食するようになってくると誰の言葉も自分への攻撃に聞こえてきて、
いよいよ手が付けられなくなってくる。というのがメンヘラの思考回路だと思っています。
こういうときにTwitterなどのSNSをやっていると本当にヤバいです。まぁ一時期の自分のことですが。

それでも本当に手遅れになる前に、救いの手を信じて掴むことができると、
それだけで視点の大転換が起こることがありうる。
この人の場合、それが「悩む時間を決める」というある人の一言だったわけですね。

この人もやっている、「一定時間で集中的に悩みを吐き出す」という所作は、
認知行動療法の第一歩でもあり、本当に大切なことだと自分は確信しています。
悩みを書くことができると、より望ましい。
だから何度も書いている通り、ブログっていうのは自分にとって精神安定の作用があるんですよ。
ここで一日に起きたこと、悩んでいること、等々を書き殴ることでパッケージ化され、
明日にもつれこむことなく一日を精算できるというわけです。

なので、読者の中にも「自己否定感がひどい」「仕事がつらい」「アイツが憎い」
などというモヤモヤが頭の中にうごめいていたとしたら、
ブログ、日記帳、メモアプリなんでもいいので、それを書き出してしまいましょう。
寝る前など決まった時間にばーっと書いてしまうのがいいです。
それを毎日できるのであれば毎日やることで、きっと頭はスッキリしていくはずです。
そういう作用があるからこそ、自分も15年半以上もブログを続けてこれたのかもしれません。
ブログが無かったら今頃もっとひどいメンヘラになっていたかも。
だから、自分はこれからも心を病んだ人と出会ったら
とりあえず「書き出すこと」を推奨していきたいと思います。

ただ、言うまでもないですがその書き出す対象にTwitterなどのSNSは選んではいけません。
Twitterは、これも何度も書いている通り「公共の場」です。
そんなところでネガティブ節を炸裂したり、罵詈雑言、誹謗中傷を重ねたところで、
想定していない別の誰かの心を傷付ける結果になるだけです。
何らかのコミュニティに属しているのなら、そのコミュニティを汚すことにしかなりません。
なので、Twitterに心の闇を投げている人を見ると憐れに思います。
フォロワーさんの中にはほぼいませんが、いわゆる学生の「裏アカ」というやつですね。
これは2019年春の匿名SNS時代にうんざりするほど見てきました。
あの場所はまさに心の闇を抱えた若者の掃き溜めだったので。
まぁでも匿名SNSならまだマシなんです。Twitterはやっぱりアカンと思う。
せめて誰も見ていないところで書けばいいのに……と思うわけです。
誰かに理解してほしいという気持ちは痛いほどわかるけど、
心の闇を晴らすことと、自己顕示欲を満たすことは基本的に両立しません。

誰しも「認められたい」という欲望は持っているわけですが、
ネガティブで行動力が失われているとそれを達成することができなくなってきます。
そして正攻法で承認欲求を得られなくなると、頑張っている誰かをディスったり、批判したり、
あるいは誰かが好きなものを否定することでマウントを取ったりすることで、
なんとか自分を「特別な地位」に置こうと試みる。
頭の悪い小学生が、イタズラで注目されて満足するのと同じような構図です。

もし自分がそうなってしまったら、
とにかく悩みを書き出してネガティブを脱出するのが一番ですが、
そういう脱出方法を知らない人がそうなっているのを見かけたらどうしてやるのが最善なのか。
これはとっても難しい問題です。
イタズラを容認すれば「イタズラすれば認められる!」
と思ってその人はますます迷惑行為に精を出すことになってしまう。
かといってイタズラを徹底無視したらその人はその程度の迷惑行為では承認欲求を満たせないと知り、
ますます悪質な迷惑行為に走るかもしれない。
これはイタズラに限らず、自虐なども当てはまります。というか自虐の方が多いかもしれない。

上記のTwitterで思い悩んでいた人に対して、
「悩む時間を決めればいい」と引導を渡してあげた人のように、
救いの手を差し伸べるにはどうしたらいいのだろうか……?
これに対する答えはまだ出そうにありません。
ただ確かなのは、承認欲求をどうにかする前にまず心の闇を取り除かなければならないことです。
たぶん、承認欲求は解決の糸口になりません。

個人的には、自分がネガティブから脱出したら、
次は周囲の人のネガティブも取り除いてやるのがより良い環境作りに繋がると思っていて、
いつかは実践しなければならないことだとは思っています。
そして、誰も心の闇に囚われていないコミュニティで楽しくやっていくのが理想なのかなと。
ネガティブから脱出できたら、その方法を広くいろいろな人に教える。
それを繰り返すことで、社会全体のネガティブがほんのちょっと払拭される。
という活動を多くの人がやるようになれば、日本ももう少し良い社会になるんじゃないでしょうか。
少なくとも自分の周りはそうであってほしいと願うばかりです。

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