#6082

甘い言葉に潜む罠


文化

先日のリモート飲み会で読書の話が出てきて、
アドラー心理学がなかなか面白かったという話をしたいと思ったのですが、
なかなかその話はできませんでした。
なぜなら、どうしても自己啓発本に対する偏見として「うさんくさい」というイメージがあるからです。
そういうイメージが世間に浸透していることもあって、
自分はあまり読んだ本の感想をリアルの知り合いには話しません。
その理由として、うさんくさい本を信仰している変な人と思われたくないというのもあります。

とはいえ、自分はこれまでに読んだ『七つの習慣』『嫌われる勇気』といった、
超ベストセラー級の自己啓発本がうさんくさいとは思っていません。
自己啓発本にもうさんくさい本と、そうでない本があると思います。
うさんくさいと思うのは、「運が良くなる」「幸せになれる」「成功する」
といった言葉がくっついていて、あたかも読むだけで人生が豊かになることを謳っている本ですね。
言ってしまえば著者の自己満足。あるいはセミナーで一儲けするための一手段でしかありません。
対して、自分がうさんくさくないと思っているのは、
上記の超ベストセラー本のように、「読むだけではダメ、書いてあることを実践してください」
とちゃんと但し書きが書かれている本であり、広い意味での哲学書です。
そういう本は読者に対して一定の厳しさをもって接してきます。

うさんくさい本がなぜうさんくさいイメージを放っているのか。
それは、あたかも努力できない人が努力せずとも幸せになれるかのような、
まるで人生にショートカットが存在するかのような言い方をしているからだと思います。
自分がかつて読んだ『やる気のスイッチ』という本に、
「すごいことはアッサリ起こる」という魔法のような言葉が載せられていました。
これを読んだ2010年当時は、それはそれは希望を与えられる言葉でしたが、
今にして思えば、これもどちらかというと「うさんくさい系自己啓発本」に分類されるかもしれません。
そこには枕詞が隠されています。
「(不断の努力を続ければ)すごいことはアッサリ起こる」というのが正しいです。
あたかも努力しなくても平凡以下の自分でも大成できるなんて思ってしまったら大間違いで、
そういう考え方を植え付ける危険性のある本はやはりうさんくさいと言わざるを得ません。
うさんくさい本を読んでしまうと、それがかえって努力放棄をする要因になりかねません。

一方、『嫌われる勇気』にはその実践にはこれまでに費やした人生の半分の時間がかかる、
と書かれていて、無償の希望を手渡してくれるわけではありません。
そこに書かれている哲学は実り豊かなものですが、実践には必ず覚悟が必要になるわけです。

自分は別に努力、友情、勝利が絶対に正しいと言いたいわけではありません。
努力にもいろいろなやり方があり、「すごいことはアッサリ起こる」
というのは、何か小難しいことを考えていて
最初の一歩を踏み出せない人にとっては勇気付けられる一言だとは思います。
ある意味での器用さとでもいうんでしょうか、甘い言葉によって発想の転換ができる人にとっては、
うさんくさい自己啓発本も有用なのかもしれません。
ただ、実践しろと書かれていないのに前向きな解釈によって実践できる読者は少数だと思います。
大半の読者はそうではないのでしょう。だからどうしてもうさんくさいというイメージがある。

総括すると、自己啓発本のうさんくささというのは、
その本が読者に対してどれだけ具体的に行動を促すのかというところに依存するのかなと思います。
「幸せになろう! 君は今日から素晴らしい人生を歩む!」
と甘い言葉を連ねておいて、具体的に明日からどうすればいいのか何も書いていない本は無能です。
それは読んでいるときに気持ちよくなれるだけで、結局何も変わりません。

まぁ、うさんくさくない本に散々「これこれこういうことをしよう!」と書かれていても、
なかなか実践できないのが凡人の性なんですけどね……。
結局、自己啓発本を敬遠する人は「変わりたくない人」なのかなぁと思う今日この頃です。
あるいは本というものを信用していないか、どちらかですね。
作者がうさんくさければ本もうさんくさくなるので、
そういう意味では世の中、うさんくさい本は思っているよりもたくさんあるのかも。

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