#6098

クズの本懐


空想

明日は1社目の現場退場日になるのでその総括を書くとして、
本来なら明日書くべきである「趣味の年度末」についての話題を代わりに今日書くとします。
例年09月01日は自分にとってブログがアニバーサリーを迎える区切り目なので、
例年それで趣味関係の心機一転の契機になっているのでその前日を趣味の年度末と呼んでいます。

とはいえ、趣味の年度末は例年悲惨なものです。
特に2010年代に突入してからですかね。アニバーサリー記念に何かやろうとして、
結局なにも行動できずに締め切りを迎えるのでひどくネガティブな状態になっていることが多い。
まるで新学期を迎えるまでに夏休みの宿題を捌ききれなかった学生のようです。
自分の場合、「去年よりレベルアップしたものを作ろう!」とハードルを上げてしまいがちで、
そのせいで年々どんどん心理的負荷が増していったというのもあります。
そして現実には、それにちょうど反比例して近年ほどロクなものを生み出せていません。
これを克服しないかぎり、自分はどんどん存在価値がなくなっていってしまう。
この気持ちはきっと誰にも理解してもらえないと思いますが、割と真面目に死にたくなります。
そんなことを毎年毎年繰り返して……むしろよくこれまで生きながらえてきたなと我ながら関心します。

その諸悪の根源はなんなのかというと、やっぱりこれも承認欲求に行き着くと思います。
自分は何故インターネットに次々にコンテンツを生み出しているのかというと、
それは結局のところ誰かに認められたくてやっているのでしょう。
ブログも、特設サイトの更新作業も、アニバーサリー企画も、根本の目的は変わりません。

でも、他人というのはそう簡単に認めてくれないわけですよ。
だから結局、苦労して何かを作り上げる→認めてくれない→もっと苦労する→認めてくれない……
ということを繰り返して迷走する羽目になるわけです。未だに他人のニーズがよくわかりません。
これを幼少の頃からずっとやってきたので、
自分は、その性格の根底に形成された「他者不信感」を覆すのはもう難しいと思っています。
努力相応に認めてくれる人が周りにいなかったから、素直な性格に育たなかったということですね。
そして、他者を信じられない→数少ない評価さえ素直に受け入れられない→
行動を強化する原因がないからますます行動できない→より良いものを生み出せない……という、
最悪のスパイラルに陥ってしまっているのがいまの自分です。
これが自分が「クズ」である所以だと思っています。
だから、つくづく教育って恐ろしいと思うわけです。
自分は今後ずっと、相応に努力しそして称賛される人を嫉妬し続ける道を歩むのでしょうね。
もちろん、例えば将棋の藤井くんみたいな雲の上の人を嫉妬しても仕方がないので、
その辺を割り切って考える姿勢は獲得できていますが、
ただ「自分がやりたかったことを自分より先に実現している人」だけはまだちょっと無理ですね。
だから自分と趣味嗜好が近い人はどうしても素直に称賛できません。
これについては相手が悪いということはまったくなくて、100%自分の問題です。

性格がねじ曲がった原因は過去の他者ですが、しかし親や旧友などを恨んでもしょうがありません。
原因を過去に求めたところで、何も状況は好転しないからです。
いま、自分がすべきなのは勝ち組の他者と比較しないこと。自分は自分と割り切ること。
そのためにはどうすればいいのか。
自分と他者を比較してはいけない、と戒める本は多く存在しますが、
具体的にどうすればいいのかという答えはなかなか書いてありません。

かつては、その答えを「孤独」に求めました。
Twitterを辞め、仕事以外の人間関係も最小限に抑える。そうすれば嫉妬のしようがない。
それも答えのひとつだと思います。
ただ、そうしたら矛先を失った承認欲求はどうなるのかというと、別に消えるわけではありません。
永遠に欲求不満になってしまいます。
本当に、ヒトはなんで承認欲求なんていうクソ面倒くさい欲求があるのか理解に悩みますね。
でもそれが無かったらきっと文化も生まれなかったのでしょうけど。

努力できる人は何の問題もありません。
いまの社会は、努力すればそれ相応に認めてくれるシステムは十分出来上がっています。
しかし自分のような努力のできない底辺人間が欲求不満を解消していくにはどうすればいいのか。
これは永遠の課題だと思います。
ある意味、ネット全盛期のいまの世は承認欲求格差社会でもあるように感じます。
上位のインフルエンサーに称賛が集まりすぎているというか……。
個人サイト、ニコ動全盛期はクリエイター全体を称賛する雰囲気はあったような気がするんですけどね。
あるいは、自分が本気で物作りをしていないからその辺の実態を掴めていないだけなのか?
もしくは、数が増えすぎて称賛したくても見つけられなくなってしまったということなのか?
web制作で承認欲求を満たそうとするのは割に合わない活動だという可能性もありますね。
個人サイトが廃れてきたと言われてもう随分経ちますし。
この辺、うまく現代に合わせてアップデートできればもう少しマシになるのかな……。

まぁ、こんなクズアピールも毎年恒例のイベントになりつつあるわけですが、
今年はそれでもマシだと思えることが2点あります。
ひとつは、2010年代後半に入ってから、
クズである自分を客観視して受け入れる姿勢が整いつつあるということですね。
アニバーサリー企画はハードルを上げない、むしろ下げる。
今年は特別扱いなのでちょっと上げちゃいましたが、まぁできなくてもいいやという姿勢です。
どうせ誰も見てくれないことは分かりきっているので、自己満足に振り切っていく。
そうなると永遠にクオリティが上がっていかないので、
時代錯誤なコンテンツを生み出し続けることになってしまうわけですが……
何もやらないよりはマシかなと思っています。

もう1点は、職場の同僚という相互承認できる相手と出会うことができたということ。
いままでの人間関係では、自分が「こういうサイト作ったんだー」と言っても、
「あっそ」で終わりの人が多かったし、そもそも紹介する気にもなれない相手ばかりでした。
しかし、サイト作りをする業界に入ったことで少なからずweb制作に興味を持つ人と出会うことができ、
こちらから何か言えば興味を持ってくれる相手がいるというのは、とても心強いです。
今年の企画は同僚に見せる想定で作ることはありませんでしたが、
来年はそういう想定で何か作ってみるのもいいかもなと思っています。
ただ、同僚に性格のゆがみを察知され「こいつ面倒くさいな」と思われてしまったら終わりなので、
こちらから行動するのはかなり慎重にするつもりです。
今のところ、特に問題なく信頼関係を築けていると思ってはいますが……。

行動できない問題は、報酬(強化子)の不足、理想と現実のギャップ、計画の立て方の問題など、
かなり個人の根本的なところを抉る闇の深い問題だと思っています。
しかしだからこそ、それが人生に与える影響は計り知れません。
いい加減自分も次のステップに行くために、この辺りの問題を精算したいものです。

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