#6112

できないことを分解する


空想

今日、部屋掃除をしながらふと思いついたことがあるんですが、
ここ2週間くらいのブログのテーマでもある「」に対する自分なりの回答のひとつとして、
「できそうにないこと」「一見してできないこと」「面倒くさいこと」の正体は、
無数の小さな「できること」の集合体である
という結論に至りました。

いままでの自分の認識では、
「できること」というのは「できないこと」が変化したものだったんですね。
つまり、最初はできないけれど、何かをすることによってそれが「できること」になる。
何かをするというのは例えば知識を得たり、物事を鍛錬したりして自分がレベルアップすること。
もっと端的に言えば、自分の方が変化することによって、
それに合わせて「できないこと」も自動的に「できること」になるものだと思っていました。
ところが実はそうではなくて、「できないこと」と「できること」は必ずしも1対1の関係ではない。
いくつかの「できること」が組み合わさって「できないこと」になる可能性もあるのではないか。
そしてそれは自分自身のスキルアップとは必ずしも相関しないのではないか。
そういう気付きです。

例えば、部屋掃除。
「明日、我が家に遊びに来る人のために部屋掃除をしなければならない」
と漠然と思っているだけでは、面倒くさい、やりたくない、といった思いしか生まれません。
でも、「部屋掃除」自体は、「ゴミ捨てをする」「シンクを拭く」「机の上を片付ける」
といったいくつものミニタスクに分散して考えることができて、
例えばまぁゴミ捨てくらいならできるしやるか、となるわけですよ。
要はタスクの細分化ですね。

いままでも、タスクの細分化によって物事を進めてきたことはないわけではないはずです。
そういう意味では、使い古した発想ではあります。
しかしいま、改めてその枯れた思考が足りなかったのではないかと思わされました。
ピクチャレ大会準備も、あたかも休日じゃないとできない、10時間一気にやらないとできない、
などと昨日の自分は宣っていますが、別に一気にやる必要性なんてどこにもないわけですよ。
平日に30分だけ進められればそれも立派な収穫なのに、
そういうことを自分は軽視してきたように思います。
その結果、何も行動できずに思い悩んでいたのではないかと。
これは何もピクチャレ大会だけに限らず、昨今の自分のタスクに対する考え方全般に当てはまります。
頭の中で細分化の逆を行っていたのではないかとさえ思います。

タスクの細分化は、おそらく簡単ではありません。
まずこれをして、次にこれをして……最後にこれをするというような、
物事の道筋を考える想像力が多分に必要です。
とはいえそれは部屋掃除のように必ずしも順番が決まっているわけではありませんし、
むしろ一本道しかないようなタスクの方が少ないのではないかと思います。
ただ、ここで重要なのは、
そのひとつひとつのタスクは「できること」の形にする必要があるということ。
できないことだったら、まだ細分化できるということになります。
とにかく自分ができる形になるまで因数分解しまくる。そこがポイントであるように思います。
それを想像上でできるかどうかによって、
「できないこと」に囲まれてストレスを抱えるのか、
小さな「できること」を拾って一歩を踏み出せるのかという違いが出てくるように思います。

つまり、冒頭の気付きを言い換えれば、
すべての「できないこと」は、想像力によっていくつかの「できること」に分解することができる
ということになるでしょうか。
ただし、自然数に「素数」というものが存在するように、
どうしても割り切れないものもあるかもしれません。
そこは自分が変化してスキルアップなり何なりする必要があるかもしれませんが、
なんにしろやりたいことの多くは分解できるということです。
もしかしたら山だって崩せるかもしれません。

まぁ、分解してみて初めてそれを達成するのに必要なとてつもない作業量を目の当たりにして、
やっぱりやめた、となるのが人の性ではあるんですけどね。
でもまぁ、それすらせずに夢を夢のまま頭の中で腐らせていくよりはよっぽどいいか。

いままで自分は、妄想を現実にするにはどうすればいいのか、皆目見当も付いていませんでした。
しかし今回のこの気付きは、その大きなヒントになりそうです。
現実にしたいなら、まず「できること」の形に分解してみる。
これは何かを実現するための第一歩なのかもしれません。

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