#6418

無難主義


今日の出来事

長年ブログをやっていると、思考パターンもブログ的になることがあります。
人は言語で思考する動物なので、ブログを書かない人もきっと「言葉」で物事を考えているでしょう。
一般的には、一人言のような形で思考することが多いんでしょうかね?
あるいは架空の人をでっち上げて、その人に語りかけるように話しているかもしれません。
自分も御多分に洩れず言語で思考していますが、
その文章構成はまさにブログを書くときと同じようなものになります。
つまり、頭の中でブログを書いているわけですね。

ワーキングメモリには限りがあるので、
たいていは何らかのキーワードから連想して頭の中で記事の書き出しのみを作っていきます。
「これは面白いかも」と思ったものは着想メモとしてスマホに入力することもありますが、
脳内に書き出して満足してしまうことの方がたぶん圧倒的に多いです。
なので、自分は一日1ネタを原則にブログを書き続けてはいますが、
実際にはそれよりもはるかに多くのネタを着想しては頭の中に書き出していることになります。
そしてその大半は忘れ去られていきます。
こう見えて、このブログもネタを結構多くの中から選び取っているんですよ。

ただ、こうして実際に書くネタが、その日のベストであるとは限りません。
むしろ昨今はトゲのあるような話題は徹底的に避ける傾向があります。
それが本意なのか不本意なのかはその日の気分にも依りますが、
往々にしてブログに限らず、本当にやりたいと思ったものほど実行に移すには勇気が要るものです。
その勇気はどうも気合いを入れれば持てるというものでもないらしく。
だから、半ば不本意かもしれないけれど無難な話題を書き続けることも少なくありません。
昨今は特にそういう傾向が強いです。
「これはもっと突き詰めてから書こう」
と保留したまま宙ぶらりんになっている話題がいくつあることか。

保留し続けるとそのうち新鮮味が失われて霧散してしまうので、
本当は「書きながら考える」ことが望ましいし、実際に昔はそうやってきた節もあります。
なぜ近年になってそれができなくなってしまったのか。
これはなぜなのかよくわかっていません。
中途半端な記事を書くことを自尊心が許さなくなったのか、
あるいは叩かれることを経験したことで人目を気にするようになったのか……。
ただ、書きながら考えるためのプラットフォームとして運用できなくなっているということは、
ある意味自分の執筆スタイルの否定でもあり、そこに若干の息苦しさは感じます。

ブログの執筆方針に答えなどなく、
それは時代に応じた自分の思想や社会の隆盛に従って変わっていくものです。
なのでこれもひとつの過渡期と見なすこともできるかもしれません。
来年にはまた随分とブログとの向き合い方が変わっているのかも。
いまはとにかく無難主義とでも言えるようなスタイルになっちゃっているというのはありますね。
それが良いのか悪いのかはさておき。

今日は00時就寝07時30分起床、平和と言えば平和な一日でしたが、
昼下がりに本社の営業部長から面談の連絡が入ってげんなりしています。
一体何を言われるのかは想像も付きませんが、万が一退場なんていうことになったら困るなぁ。
まぁ、市場が回復していて自分の適性が発揮できる新しい現場があるなら大歓迎ですけど。

今日はカフェにも寄らずに帰ってきて比較的ダラダラと過ごしてしまいました。
なんというか、もはや一日中眠いような頭にモヤがかかっているような状態です。
こんな状態で気合いを入れるのはちょっと無理ゲーだなぁ……。
睡眠の質が問題なのか、運動不足なのか、はたまた精神的な別の問題か……。
いままでは原因がハッキリしていましたが、ここにきて見えない敵がいるような気がしてなりません。

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