#6461

社会的弱者支援の一側面


空想

昨夜、東京都港区の地下鉄「白金高輪駅(しろかねたかなわえき)」で、
男性が見ず知らずの中年おじさんに硫酸をかけられるという凄惨な事件がありました。
「公共の場所で面識のない中年男性に突然傷害される」
という事件はここ最近で都内だけで2例目であり、治安悪化を感じさせます
(ただし、今回はまだ加害者が逮捕されていないため面識があった可能性もあります)。
平時だったら数年に一度クラスの傷害事件が短期間で複数回起きているのは異常で、
いよいよコロナ禍もここまで来たか、という感じがします。

この件で自分が一番驚いたのが、
ある匿名コミュニティにおいてこの事件の犯人に同情する人が多かったこと。
いわく、「順風満帆に人生を謳歌している人を見るとイライラする」
「一般人が努力して積み上げてきたキャリアが台無しになるのを見るとスカッとする」そうです。
思想的には水面下に犯罪者予備軍たりうる人がたくさんいるということになり、恐ろしいです。

こういう事件を起こす人を俗に「無敵の人」と言います。
社会的信用や人とのつながりが皆無でかつ自分の人生が行き詰っているため、
犯罪を犯しても特に損をしないような人のことです。
交友関係がまともな人、生きづらさを抱えていない人、働いている人は普通当てはまりません。
それらすべてを欠いて初めて当てはまります。
ほとんどの場合、無敵の人は無職でひきこもりです。
なぜなら働かないことで貧困に陥りやすく、また社会的つながりも失いやすく、
劣等感を感じやすく、またそれによって家庭環境も悪くなりやすいからです。
その背景には、本人の社会適応力の極端な低さ(発達障害)や精神疾患があると言われています。

彼らは社会的つながりを持たないので、自分の意見を是正する機会がありません。
彼ら自身の恵まれない境遇を「自分が至らないせいだ」と考えているうちはまだいいですが、
いったん「社会が悪い」「成功者が憎い」と思い始めると、もう歯止めは効きません。
膨れ上がった劣等感が解消されることはなく、いつしか爆発してしまいます。
「こんな風に育てた親が悪い」と考える無敵の人も多いので、
親が傷害されるパターンは多いですが、「社会が悪い」と考えるようになった無敵の人にとっては、
要は順風満帆に生活してそうな社会人であればターゲットは誰でもいいということになります。
その結果が、こないだの小田急線の切り付け事件や今回の硫酸事件だと思います。

先日、自称メンタリストのDaiGoという人が、
「ホームレスや生活保護受給者は野良猫以下の存在価値だ。いますぐ死ぬべきだ」
と発言して炎上しました。
日本の法律では浮浪者は浮浪しているだけで実は犯罪なのですがまあそれはさておくとして、
生活保護受給者は、一般人が収めた税金で暮らしているにもかかわらず、
そのお金をパチンコやらソーシャルゲームに使ってしまうのでよく叩かれています。
お金ではなく現物支給にすべきだ、もっと額を減らすべきだと言う人は多いです。

自分は生活保護世帯を擁護するつもりはありませんが、
実は生活保護世帯のような本当の最底辺に税金でメシを食わせることによって、
今回のような事件を未然に防いでいる側面もあるのではないかと考えています。
無差別傷害は、基本的に劣等感の矛先が社会に向くことで起きます。
しかし生活保護受給者は、その社会からお金をもらって生きているので恨むことは少ないでしょう。
実際に、無差別傷害事件を起こした人が生活保護世帯だったという話はあまり聞きません。
年金受給世代も同様です。60歳以上で無差別傷害事件を起こした例は聞いたことがない。
それは、不満こそあれど少なからず社会に支えられている実感があるからだと思います。
つまり、一般社会人はみんなで税金を払う代わりに治安の良さを手に入れているわけですね。

いま、一番問題なのはそういった最底辺層ではなく、
「親の庇護によってのみ生活しており、社会とのつながりが皆無」な人たちです。
働くこともできない、外には一歩も出ない、誰ともしゃべらない、でも生活はできている。
そんな生活が何年も続くとどうなるのか、自分には想像できません。
確かなのは、本人よりも先にそれを支える親が衰えていくということです。
寿命があり親が年上である以上、人はどこかで必ず自立しなければならないわけですが、
彼らはその事実から何年も逃げ続けてきた言い訳のプロであり、独力で向き合うのは困難です。
唯一の支えであるはずの親がいなくなったら、彼らは完全に行き詰ります。

現在その行き詰まり寸前の状態にあるのが、氷河期世代前後の40~50代の人たちです。
実際に無差別傷害事件を起こすのはほとんどこの世代です。
彼らは社会情勢の影響で新卒での就職が難しかった世代なので、
そのことをもって社会を恨んでいる人も少なくないと想像されます。
彼らの親は団塊世代で80代なので、もうそろそろ寿命で死んでもおかしくありません。
親が死んだらもはやどうすればいいのかわからない。
それに対する絶望感が、無差別傷害事件へと発展していくのではないでしょうか。
自分が努力して自立するよりも、自立した他人を引きずり下ろす方が楽だからです。

彼らは働くこともできない上に親の足を引っ張り続ける社会のお荷物であることは間違いありません。
じゃあ、彼らを粛清すればいいのかというとそういうわけでもない。
それをしたところで下の世代が新たなお荷物に成り代わるだけです。
生活保護のような金銭的支援も無意味です。彼らは生活に困っているわけではありません。
その意味で、むりやり働かせるようなやり方も有効であるとは言えないと思います。
第一、彼らが社会に出たところで役に立つとも思えません。

個人的には、彼らに必要なのはお金というより帰属意識なのだと思います。
まず自治体が実態調査をして、どの世帯にどういうひきこもりが存在するのか徹底的に把握する。
そのうえで、公民館などを利用して同じ属性のひきこもりを集めて交流させる。
そうすれば少なからず当事者同士のネットワークができ、孤独感は解消されるはずです。
それだけで劣等感をすべて払拭することは難しいかもしれませんが、
少なくとも無差別傷害事件を起こすような暴走は軽減できるのではないでしょうか。
それがひいては治安改善にもつながるので、税金はこういう事業に使われるべきだと思います。
実例として東京都豊島区では氷河期世代のひきこもり専用の支援サイトがあり、
当事者を対象としたセミナー、レクレーション、就労体験などの支援策を講じています。
豊島区民にどれくらい認知されているのかはわかりませんが……。

自由や平等、格差や差別について考えさせられることの多い昨今。
弱者差別が表向きタブーになりつつある一方で、「モンスター弱者」なる言葉も生まれており、
まだまだ世間は納得の行く答えを出したとは思えない状況です。
自分も短絡的な弱者の優遇や優生学の全否定にはどうしても違和感を感じる一人です。
どこに違和感を感じるのか、どうしたら納得できるのかをもっとしっかり考えていきたいところ。
ある日突然知らない人に硫酸をかけられるようなことのない社会にするために、
自分にできることは一体なんだろう?

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