#6516

書くことの意義


web制作

03時就寝07時42分起床。
夜になっても眠気が取れないくらいめちゃくちゃ眠いので早く寝たいのですが、
ここにきてブログが不安定になりつつあるのでせめて今日の分を書いておきたいと思います。
やはり睡眠リズムはすべての基礎ですね……。
これが崩れると生活のあらゆる部分が崩壊していくのを痛感します。
たいてい最初に崩れていくのがブログ習慣なので、
その意味でブログの安定性は自分の体調を表す良い指標になっているのかもしれません。

ここでのブログの安定性というのはきちんと毎日投稿できているかどうかを指していて、
中身は特に考慮していません。
が、そういった睡眠の問題等々によるブログの不安定さとはまったく別の問題として、
昨今はブログの内容的な意味で低調になってきていることも否めません。
いままでになくマンネリ化しているというか、尖った記事を書けなくなったというか……。

それは単純に執筆モチベが低いとか、非難されることを過度に恐れているとか、
いろいろと原因らしきものを思いつくことはできますが、
そもそも根本的なところでブログを書く意義が薄れつつあるような気がするんですよね。
従来の自分にとって、ブログは「悩みごとの言語化」という大きな意義がありました。
人生が何らかの問題を抱えていてモヤモヤしているときに、
それの言語化は悩みを払拭するのに絶大な効果をもたらしていました。
自分はブログがあったからこそ自立できたと言っても過言ではないくらい、
この悩みの言語化には助けられてきました。

しかし、昨今は再三書いているとおりストレスフリー生活を心がけています。
ここ数年でいろいろな本を読むことで哲学や心理学の端っこを少しだけ囓ることができ、
それによって悩みを避ける方法を身に付けました。
ストレス(悩み)を愚直に真正面から受け止めるのではなく、受け流すようになったわけです。
それによって、より省エネルギーでストレスに対応できるようになり、
いちいち悩みを言語化する必要性が薄くなりました。
それ自体は結構なことだと思うのですが、皮肉なことにストレスフリー生活を実現したことによって、
ブログの存在意義が失われてしまったというわけです。

もちろんブログの存在意義は本来それだけではありません。
承認欲求の発散など、ブログという媒体ならではの利点がいろいろあるはずです。
しかしこのブログは設立以来、そういったメリットはあまり重視してきませんでした。
とにかく悩みの言語化に特化してきたという歴史があります。
だからこそわざわざ訪問者数が少なくなることを重々承知でWordPressに移転したわけです。
有り体に言えば、他者との交流を軽視してきてしまったわけですね。
それにより、承認欲求を発散するツールとしてはあまりにも役立たずになってしまった。
そもそも、Twitterで何度も痛い目に遭っている自分にとっては、
ネットで承認欲求を発散することそのものにまず疑問があります。
しかし、そうなるとなぜブログを書いているんだという話になってくる。

ストレス源ではないけれど、この辺は改めて言語化するべき悩みなのかもしれません。
考えて書くということから離れすぎると思考停止になってしまいそうな怖さがあるので、
そういう意味では健全な脳みそを維持するためにもブログは続けたいんですけどね。
アクセス数も形骸化したいまとなっては、わかりやすいメリットが皆無なんですよね……。
さてどうしたものか。

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