#6576

嫌われ者の前進


空想

もうこのブログでは批判記事は書くまいと決めているのに、
連日特定個人批判記事を書くのは非常によろしくないのですが……。
すみません、このモヤモヤを抱えて年は越したくないので書かせてください。

先日、ピクチャレ大会関連のことでDMをいただいていたのですが、
自分のもとには一切の通知が来ていませんでした。
たまたまTwitter公式クライアントを覗いていなかったらスルーしてしまっていた。
どうもFF外からのメッセージは通知されないようになっているらしいのですが、
Twitterって昔からそうでしたっけ? 昔はそうじゃなかったような。
それで、もしかしてリプライも無視しているんじゃなかろうかと思ったのが運の尽きでした。
去年秋にひと悶着あった件についてリプライが届いており、ずーっと無視していた……。
てっきり鍵アカウントにしていたので完全に終わったものとばかり思っていたのですが、
わざわざ返信するために鍵を解除していたとは。
ほぼ一年経った今更になって返信する必要性は感じていませんが、
弁明のためにその内容に一言書かないと気が済まないのでここで書かせてください。

事の発端は去年秋、自分が運営するピクチャレ大会が海外進出を果たしたことでした。
これにより海外勢との交流が生まれ、
英語コミュニティの代表の方と英語で会話するということがありました。
それで海外勢からいくつか(無茶振りを含む)サイト改善の要望を頂いたのですが、
そのついでに『ピクミン3』の世界記録スコアボードに関する話が出て、
海外の方からこんな要望をもらいました。
「ある日本のランカー(以下、Aさん)に証拠動画を提出するように説得してくれませんか?
彼は私の英語メッセージには反応しないようなので……」

しかし自分は、Aさんが2013年からずっと証拠動画はアップしない主義だと知っていたし、
Twitter上の態度を鑑みるに日本語でも対話には応じないだろうと思いました。
それで「彼には動画を提出する意思はないかもしれませんね」と返したところ、
「Aさんは残念な人だ」と落胆の声が返ってきました。

AさんはWii U版『ピクミン3』のミッションモード世界記録をいくつか持っているものの、
それの証拠となるソースをこれまで出してこなかったため、そのスコアの真偽は謎でした。
記録に対して客観的に公平な証拠が必要になるのは競技における世界共通の常識であり、
それはゲームのやり込み界隈も例外ではありません。
RTAは配信や動画がなければ記録として認められないし、それはスコアアタックも同じです。
なぜなら、スコアだけの提示ではチートによっていくらでも改ざんできる余地があるからです。
虚偽の可能性が生まれてしまうと、誰も世界記録保持者を素直に称賛できません。
だからこそ、記録保持者には証拠となるものの提出を求めるのは当然の成り行きだと思います。

しかし『ピクミン3』には特別な事情があります。
それはネットに接続するかぎり自動的に世界記録のみがランキングに表示される一方、
証拠動画を出すとスコアを出すための「答え」を必然的に曝け出すことになり、
それを他のやり込み勢が参考にすれば比較的容易に動画に近いスコアを出せるということです。
有り体に言えば動画を出すことで「パクられてしまう」恐れが出てくるわけです。
このゲームはアクションよりもルート取りが重視されてくるので、
一生懸命試行錯誤してルート開拓をしても、
動画を出した途端真似されてスコアを追い越されてしまった日にはたまったものではありません。

なので、そのせいなのかどうか確証はないものの、
元々『ピクミン3』のランカーの間では証拠動画を積極的に出さない風潮がありました。
自分も一時期世界記録を持っていたのでその気持ちはよく分かります。
その意味で、自分はどちらかというとAさんに同情するつもりでこのことをブログに書きました。
ただ、そういう風潮がやり込み界隈の衰退に繋がっているのかもしれないと、
結果的にやや批判気味にも書きました。
ランカーが証拠動画を提出すれば、それを参考によりよいルートが開拓される余地が生まれます。
しかし、秘密主義が横行しているかぎりはそういった全体的な成長は望めません。
それが『ピクミン3』が最新作であるにもかかわらず、
過去作と比べてイマイチ盛り上がりに欠けている要因になっているのではないかと。

すると、自分とAさんの共通フォロワーを通じて運悪くAさん本人にその批判記事を読まれてしまい、
事実無根のことが書かれていると大変怒ったようで、
自分に対して「クズ」「ゴミ」「クソザコ」等と誹謗中傷を展開しました。
それで自分は数日後にそれを知って、怒らせたことに対するお詫びリプライをすぐに書きました。
しかししばらく返事がないのでこの件はうやむやになったと思っていました。
ところが、どうやらその約2ヶ月後に返事が来ていたようで、
そのリプライを今回発見してしまったのです。リプライの内容は以下の通りです。

・WiiUピクミン3のランカーがリプライを徹底的に無視している
・WiiUピクミン3のランカーは動画を一切アップしていない
これらの内容が虚偽であった事が私は許せなかったのですが、虚偽であった事は認めていますか?

1つ目は、検索しても見当たらなかったのですが
おそらく当該記事の初版にそういう文言があったはずです。
自分は海外勢から「彼にメッセージを無視されている」と相談されたことを根拠にして
この文言を書きました。またその人とは別の海外勢も日本語で本人にリプライを飛ばしていますが、
これに対して本人がリプライを返した形跡は見当たりません。
確かに「徹底的に」というのはちょっと強い言葉だったかもしれませんが、
じゃあ逆にあなたは証拠動画問題に関して海外勢に何か返信しましたかと聞いてみたいですね。
とはいえこの辺は自分は確かな証拠を掴んでいないのでなんとも言えません。
ただ、もしリプライを無視しているというのが執筆時点で虚偽だったと認めるとして、
その後自分のリプライを2ヶ月無視し続けていたことはどう弁明するのでしょうか。

あと、これは言葉遊びの範疇なので補足ですが、当該記事は別にAさんを名指しにはしていません。
閉塞的な態度を批判したのはランカー全体に対してであって、
意図はどうあれ、そもそもAさんをピンポイントに
「リプライを徹底的に無視している」と批判しているようには書かれていません。
自分が把握しているランカークラスのプレイヤーは
TwitterとMiiverseとYouTubeで合わせて5〜6人くらいいて、
形式上はそのうちの一部の人がリプライを無視しているということを書いているにすぎません。
なので、これに対して怒るということは実は自覚があるのでは? と思ってしまいますが……。

2つ目についても言葉の解釈の問題だと思います。
自分が「(一部の)ランカーは一切動画をアップしていない」と発言したのは事実であり、
たしかに「一切」という強い副詞をくっつけたのは迂闊だったと反省しています。
また主語があいまいであたかもランカー全員が動画をアップしていない、
という風に解釈される余地を与えてしまったのも失敗でした。
ただ、自分や海外勢の代表の方が当時認識していたかぎりにおいて、
Aさんが世界記録の証拠動画を公にすることに対して非協力的だったのは
海外勢からの連絡を無視していたなどの行動から事実であり、
「お前の知らないところで俺は動画アップしてたんだけど?」と言われたところで、
「じゃあみんなの前で証拠動画全部出してくださいよ」としか言いようがないんですよね……。

そりゃあ確かに世界記録ではない動画は出していたかもしれませんし、
ひとつやふたつは当時の世界記録動画を出していたかもしれません。
しかしこの議論の本旨ではそういう動画の数が問われているわけではありません。
結局なんだかんだ言って世界記録の提出に協力する姿勢を示していない以上、
ランカーは動画をアップしないと認識されるのは仕方ないことなのではないでしょうか。
それを「多少はアップしていたんだから『一切』は事実無根だ!」と反論するのは、
単に言葉尻をとらえた詭弁でしかないと思います。
ここでの「一切動画をアップしていない」という主張には、
「書き手が認識している範囲内では」という条件が文脈に含まれると考えていますが、
いずれにしてもこれも言葉遊びの範疇であり、議論すべき本筋ではありません。

そもそも証拠動画を出さない理由について、
Aさんは「動画を出すかどうかは本人の自由」と主張しているようですが、
それもまた詭弁でしかなく、動画を出さないことの理由説明になっていません。
ルールよりも個人の自由を優先してしまったら公平もへったくれもあったものではありません。
仮に誰かがチートでAさんをギリギリ上回る記録を動画なしで提出したら、
Aさんはそれを素直に信用して敗北を認めるのかという話です。
仮にAさんがそれを認めたとしても、界隈の総意として1人でもそういう人の意見を認めたら
「チート疑いのある記録も正式に認める」と言っているようなものです。
Aさんを上回る記録がたとえチートでもAさんが信用すると言えば咎められないのなら、
必然的にそれ以上の記録も連鎖的にチートを疑っても疑えないことになります。
そういった理由から、この公平性の担保に関しては個人の事情は特例になり得ません。
証拠動画を出さないことを批判されそれに反論したいのであれば、
人格否定よりも前にまず証拠動画を出さない理由を説明するのが当然の筋だと思います。
それができていない時点でこの件は議論にすらなっていません。殴り合っているだけです。

『ピクミン3』には特別な事情がある以上、もっと積極的に議論をすべきだったと思います。
ちなみにAさんが関与しないところではこの証拠動画問題はすでに結論を出しています。
それは「マップ上のリプレイも証拠動画として見なす」というルールであり、
大分前からピクチャレ大会ではこれが適用されています。
マップ上に簡易表示されるリプレイ動画はチートしていない証明としてある程度通用する一方、
実際のゲーム画面は表示されないのでスコアを左右する細かな動きは秘匿できるという考え方です。
ただ、Aさんはこれを決める議論に当然参加していないので、
仮にこれを提示したとしても納得してくれるかはわかりません。

まあ、自分としてはこれはもうとっくに終わった話なので、特に憤りは感じていません。
だからといって誹謗中傷されたことを許す理由もないので、譲歩することもないでしょう。
もし本人が読んでいて反論したいのならTwitterに垂れ流さず当ブログお問い合わせフォームへどうぞ。

去年の自分はこの件で過剰反応してしまい、
ブログの一時閉鎖と当該記事の非公開化に踏み切りました。
そしてその後しばらく、ネット上に「意見」を書くことの怖さについて思い悩んでいました。
個人の意見に絶対がない以上、自分がある意見を言えば必ずそれを支持しない人が存在する。
ブログがそういう人の目に止まればブログはいつでも炎上するリスクがある。
そういう危うい媒体で個人のプライベートを書くことは果たして妥当なのかと。
意見を否定されたくないならブログは完全非公開にするべきではないか?
という気持ちがあって、去年秋以来ずっとブログのモチベーションが低かったです。

結局それは、自分の意見に絶対がないということはまた、
自分を非難する他人の意見にも絶対はないということになりそれを真に受ける必要はない、
という論理に行き着いて自分なりにある程度納得したつもりです。
(なのでこの記事もまた、証拠動画否定派が真に受ける必要はありませんよ。)
YouTubeでインフルエンサーのひろゆきがよくやっていますが、
議論は詭弁を使えばあらゆる主張を否定できるし、それによって人格攻撃をすることもできます。
ただし、それを信用するかどうかは言われた側の問題であって相手に左右される筋合いはない。
だから、自分が正しいと思って書いたならそれでいいんじゃないかと思うわけです。
ひろゆきに攻撃されているちゃんとした識者たちは実に冷静に受け流しています。
信用されていない詭弁で相手をやり込めることは「論破」とは言いません。
昨日の記事にも通じるところですが、
議論というのはやはり敵対していたとしても結局相互理解が不可欠だと思う次第です。
議論をまるで勝ち負けが存在するゲームのように捉えていると話は進みません。

去年までの自分は、他人に自分を否定されたら脊髄反射的に謝っていました。
それもひとつの処世術かもしれませんが、
否定されたとしても客観的にじっくり考えてやっぱり自分の意見が正しいと思うのであれば、
迂闊に謝らずに堂々としていればいいのではないかと改めて思います。
もちろんそれは法律や道徳を越えない範疇の話であって、
この件は証拠動画出す出さないの問題以外に
自分がブログ上でAさんの人格否定と捉えられかねない記述をしてしまったので、
それについては一線を越えてしまったといまでも申し訳ない気持ちです。
いわゆる対人論法をうっかり使ってしまったことになり、これも詭弁のひとつです。
議論では意見と人格は切り離して考えるべきで、その意識が足りませんでした。
去年あれだけクリティカルシンキングを学んだのに恥ずかしい限りです。
それに関しては気づいてすぐに謝罪リプライを送ったのですが、
それに対するリプライが上述の引用なので、Aさんは許すつもりはないのかもしれません。
でも、許さないのも本人の自由なのでこちらがこれ以上どうこうしようとは思いません。

基本的に対人トラブルでは交通事故のように100:0で一方だけが悪いということはなくて、
どちらにも少なからず反省の余地があり、
その反省がコミュニケーション能力を養う栄養剤になるのではないかと自分は思っています。
こういうトラブルがあったときこそじっくり内省して何をすべきか、しないべきか考える。
昨日の記事に書いたかつての高校時代のクラスメイトAのように、
何も熟慮せずに「俺は正しい、俺は悪くない」では永遠に精神的成長は望めません。
若者と呼ばれている年齢ならまだ精神的に未熟でも許されるかもしれませんが、
見た目も老けてきたときに同じようでは、きっと社会から向けられる視線は冷たいでしょう。
そうなったときに受ける社会的損失は計り知れないものがあると思います。
若いうちの対人トラブルはそれを防ぐ効果があると自分は思います。
今年亡くなった瀬戸内寂聴さんの名言「若いうちに薔薇を摘め」は真理なのではないかと。

なのでこういうネガティブ案件も、いやこういう案件だからこそよく考えて、反省して、
自分の人生の糧にしていけたらと改めて思う次第です。
そういう意味では自分はこの件と高校クラスメイトの件でかなり成長できたと思うので、
2人のAさんには感謝したいと思います。まあ向こうはこっちを恨んでいるのでしょうが。

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