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平等と自由のパラドックス


空想

大学生に巻き戻る夢を見ました。多分転学みたいなシチュエーションだったと思います。
それで編入の案内のために総務の人にいろいろと案内されていくのですが、
その中で「この大学では必ずパートナーを作ってもらう」みたいなことを当然のように言われ、
また大学側もそれの実現のために手厚い支援をしているとにこやかに説明され、
ドギマギしている自分がいたという内容でした。

昨今のライトノベル(特になろう系)に漂う価値観を自分はどうしても好きになれなくて、
まあ半ば見下しているようなところもあります。
草食系男子で社会的にも弱者である主人公を取り巻く環境が、
なんらかのきっかけによって激変して主人公を無条件で好きになる美少女が登場するという。
主人公は「仕方ねえなあ」という調子でそのハーレムを受け入れるというのが典型例です。
現実の恋愛に必要な「男性としての自分の価値を高めるべき」という通念から逃げ出し、
弱者としての自分を正当化する一方で、しかし恋愛的な強者でもありたい。チヤホヤされたい。
そんな矛盾だらけの妄想を説明するために使われるのが「異世界転生」というわけです。
つまり、昨今のラノベで重要なのは既存の価値観をまず捨てるところにあり、
そのために旧来の価値観のある世界から転生するシーンは必要不可欠なんですよね。
転生済みの状況から物語が始まってしまったら、それはただのファンタジーです。
そしてさらに、主体的に恋愛することは少なからず自分を顧みることを避けられないので、
そんなことをしてしまったらクズな自分を思い出してしまう。
なのであくまでも「女性からアプローチされる」という受動的な恋愛によって話が展開されます。
それによって、あたかもどうしようもないクズでも認めてくれるような世界に錯覚するのでしょう。
ライトノベルはそういう現実逃避手段としてのコンテンツとして先鋭化してきている感があります。
このまま行くと官能小説との境目も曖昧なものになってくるのではないでしょうか。

まあそれが良いか悪いかはともかく、自分がラノベを読むことはもうないだろうと思います。
しかし、そういった価値観を見下している自分も
結局受動的な恋愛を望んでいるかのような夢を見ている以上は同じ価値観を持っていて、
同族嫌悪的な感情によって見下しているに過ぎないのかもしれません。
すごく乱暴な言い方をすれば、ハーレムを望むのはヒトの本質なのではないかと。

そういえば随分前にブログで、
「恋愛に奥手すぎる人を減らすためにバレンタインのチョコ渡しを学校が支援してはどうだろうか」
みたいなことを書きましたが、
その記事に対して例の絶交した高校時代同窓生の「詐欺師」からコメントが来て、
「恋愛というのは定型発達なら学生のうちに自然に経験するのが当たり前なのに、
それすらできず大人になってしまった君のような人間は価値観が歪んでいて哀れだね」
というような直球で見下した内容だったことに随分と憤慨した記憶があります。
まあ、最近自分と似たようなことを文科省の人が提案して軽く炎上していたので、
「恋愛させる」という価値観は現代の世間には受け入れられないようなので、
その意味では「詐欺師」の言っていることも正論なのかもしれません。
要はブサイク、低脳、貧乏人、コミュ障に恋愛する資格が無いのは至極当然だと。

でも、これも以前書きましたがそもそも現代における自由恋愛というのは、
世界的にタブー視される優生思想そのものなんですよね。
異性がより良いパートナーを自由に選ぶことができるということは、
誰にとっても魅力のない人間は淘汰されるということを意味するからです。
受動的な恋愛を望むのは、
自分は異性を選ぶに値する努力をしていないという後ろめたさもあるからなのでしょうが、
この風潮がそもそもヒトという動物が繁栄するのに正しい選択なのかどうかは疑問です。
ある意味では昭和以前のお見合い文化も決して間違いではなかったのではないか、と。
ラノベ文化は、ある意味自由恋愛に対するカウンターカルチャーと言えるのかもしれません。

自分は「平等」なんて成立しえないとする考えですが、
仮に世界が平等を突き詰めていく方向に進歩していくならば、
どこかで自由恋愛の価値観は崩壊するはずです。だって矛盾しているんですもん。
ルッキズム(容姿による差別)は否定するが自分のパートナーは美女(イケメン)がいい。
そんな主張は明らかに矛盾しているので認められません。
かといって、現代の価値観的にお見合いを復活させるのも無理がある。
ブサイクと結婚させられる異性が可哀想です。
こう考えると、自由と平等って相反するものなのかもしれませんね。
いまはどちらかというと自由より平等を優先する風潮になっている気がしますが、
個人的にはこれを推し進めていったら、その先にある結末は人類滅亡だと思っています。
1000年後にはもう別の生物が地球の覇者になっているのではないでしょうか。

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