「参議院選挙の応援のために演説をしていた首相経験者が、突然背後から撃たれて亡くなった」
ある官僚経験者はその報せを聞いたとき、「本当に日本で起きたことなのか?」と訊いたという。
2022年07月08日の正午ごろ、奈良市で安倍元首相が背後からショットガンを撃たれ、暗殺された。
首相経験者が暗殺されるのは1936年のいわゆる「二・二六事件」以来86年ぶりである。
首相官邸の記者会見では、「まるで日本が戦前に戻ってしまったという声も聞かれますが……」
といった戸惑いの混じった質問も投げかけられていた。
二・二六事件よりも少し前に犬養首相が暗殺されたときも、
世界恐慌によって経済格差が広まっており、当時の民衆の政治に対する不満は大きかったという。
それは、コロナ禍と長引く不況によって社会に閉塞感が漂う現代にも通じるところがある。
コロナ禍以降、社会カースト最下位である「無敵の人」が、
自分よりもう少しだけ地位の高い人を狙った無差別殺傷事件が相次いでいる。
そういうニュースを聞くたびに、これから日本はどんどん治安が悪くなっていくんだろう、
というようなことをぼんやりと考えていた。
けれど、ここまで来てしまったらもう治安が悪いどころの話ではない。
日本は今日からはもう、平和な国を自称できないだろう。
政界の人々は涙ぐみながら、「この蛮行は我が国の民主主義に対する挑戦だ」と憤った。
選挙で公平に選ばれたリーダーが、1人あるいは組織の暴力によって簡単に失われるなら、
その暴力は大衆の意志よりも強いことになるからだ。
暴力が通用する世界というのは、まさにクーデターなどに明け暮れた戦前のそれに等しい。
そんなことがまかり通っている国を、果たして平和だと言えるだろうか?
容疑者が動機を語らないかぎり真実はわからないが、
なぜ現職の岸田首相ではなく安倍元首相を狙ったのか、そこに動機を探るヒントがあると思う。
安倍元首相は「アベノミクス」政策によって日経平均株価を2倍以上に押し上げた功労者だが、
一方でモリカケ問題や桜を見る会問題など政治とは関係ない部分での不祥事も多く、
ネット上ではアンチ与党の攻撃の的といえばこの人だった。
特に近年、一部のネット政治界隈では安倍元首相の負の側面を恣意的にピックアップし、
日本衰退の象徴かつ弱者の敵として槍玉に挙げる風潮が慢性的に続いていた。
最近は日本の政治そのものへの不信感から、選挙の有効性について不審視されることもあった。
あれだけ不祥事を起こす人がトップになれるシステムは間違っている、と。
確かにマスコミの偏向報道を見ていると政治に対して不信感を抱くことはある。
容疑者がいわゆる「無敵の人」の一般的なイメージに当てはまるのであれば、
これらの風潮を鵜呑みにして安倍元首相へのヘイトを一方的に溜め続けていた可能性は否めない。
実際に、一方的なものの見方で政治関係者などの著名人を「敵」と決めつけ、
著名人に人権は無いとでも言わんばかりに非常な罵詈雑言を浴びせている人はネットに結構いる。
そういった思想に影響を受けた人がたまたま密造銃を作るスキルを持ち合わせていれば、
ターゲットが近所に来たタイミングを見計らえば今回のようなテロは簡単に起こりうる。
つまり、僕は今回の事件はネットリテラシーの低下によって、
暴力を持つ人が事実を歪んだ形で積み上げた結果暴走した可能性があると思っている。
要するに原因は容疑者の単なる「思い込み」なのではないだろうか、と。
思い込みは恐ろしいものだ。その人にとって都合の悪い事実は一方的に排除され続ける。
しかも昔と違って昨今はネットによって情報の「偏食」はたやすく、しかも延々とできる。
多角的・客観的に安倍元首相を評価すれば、排除する必要がどこにも無いのは明らかではないか
(そもそも民主主義が正常に機能しているのなら、排除するかどうかは有権者が決めることだ)。
それすら見えていないというのは、あまりにも勉強不足で視野が狭いと言わざるを得ない。
でも、だからといって今更人の無知を責めたところで治安はもう元通りにならないだろう。
僕たちは、偏った思想に染まった犯罪者予備軍と同じ島国で生きる他ないのである。
僕はそれがとても恐ろしいと思った。
いままで何度かターニングポイントはあったが、ここが本当の正念場であるような気がする。
この国がもうどうしようもなく没落していくのか、暴力に対する抵抗を試みるのか。
明後日の参議院選挙は、どのような結末を迎えるのだろうか。