#7000

好きな言葉

「ပန်ကြားသောမျက်နှာ」の名義で知られる〈×××××〉は、国籍不明の前衛音楽家である。 彼は長年のキャリアを経ていま、ようやく認められつつあったが、 認められれば認められるほど深いため息が絶えないようになった。 昔から親交のある私がため息の理由を尋ねてみると、どうも良いアイデアが浮かばないのだという。 彼が言うには、音楽自体はまだまだ作ってみたい世界はあるらしい。 しかし、それに対して付ける良い曲名がさっぱり思い浮かばないと言うのだ。 なにしろ彼の音楽はメロディーがあるような無いような、無機的  [続きを読む]

#6000

或る休日の午後

窓から見えるペデストリアンデッキを歩く人波が途切れることはなく、 その下をバスや車が潜っていく。 街を照らす日差しは暖かく、季節がそろそろ変わることを予告していた。 歳のわりに小柄で、地味色のパーカーを羽織っている少女は、 窓の前に整然と並んでいるカフェの一席に深く腰掛けていた。 椅子が高すぎるのか、足は床に届かずに放り投げられている。 窓に並行してずらりと並んだ席はすべて埋まっていて、 少女よりは大人なのであろう人たちが、各々読書をしたり、小さなパソコンで何らかの作業をしたり、 あるいはずっと携帯をいじっ  [続きを読む]

#5000

Instrumental V

視界の片隅で水泡が線を描きながら上がっていった。 誰かのあくびだったのかもしれない。 そこは、見渡す限り灰色の水で満たされる世界だった。 私は尾ひれを半ば無意識にはためかせながら、灰色の世界を少しずつ進んでいく。 しかし、進んでいるという感じはまるでしない。 時折、海底は曲がりくねって山を形成し、 びっしりと並ぶ珊瑚礁の村は灰色の世界をわずかに彩っていた。 よく目を凝らしてみると、そこには豆粒ほどの魚やカニ、あるいは海底を這う虫たちが 珊瑚の村で生活しているのが見えた。それもひとつの“世界”なのだろうと私は  [続きを読む]

#4600

或る休日

小柄な女子が小さなアパートの片隅の部屋で寝息を立てていた。 窓から入ってくる日差しを避けるように、布団を頭の上まで引っ張ってうずくまっている。 ふと、布団の中から手だけが出てきた。それは周辺の布団を撫でるように徘徊していると、 やがて枕の下に潜り込んでいた携帯を見つけ、それを掴むと布団の中へ引っ込んでいった。 日差しの入ってくる窓の向こうからは、どこからか布団を叩く音が聞こえる。 もう少し近いところでは、ベランダを掃除しているのか、ほうきで固い床を掻く音が聞こえる。 相変わらずこの時間になると近くの電線では  [続きを読む]

#4000

Instrumental IV

どこまでも透き通った海と白い砂浜の上に、楕円形の島がぽつんとあった。 それは視界の隅から隅まででちょうど収まるほどの大きさで、 中央に傘のような巨大な木が一本立っているだけの、小さくて色気のない島だった。 ふと、視界の隅から何かがふわふわとよろめくように現れた。 鳥かと思ってそちらを顧みると、それは空に浮かぶ植物だった。 それらは丸く白い大きな風船のような球に葉を付け、 風に任せて漂いながら、やがて島の大きな木の上に不時着した。 すると風がそれを見ていたかのように、次にはやや強い風が木を通り抜けていき、 木  [続きを読む]

#3001

空想の世界 -後編-

私は、相変わらず暗い大通りを延々と歩く内に、なんだかひと気のありそうなあの光が、 単にこの大通りの直線上にあるわけではないという事を知った。 どういうわけか、光は私が進むほどに左右にずれていき、 私は分岐点が来るたびに方向を変えざるをえなかった。 そんな調子で一時間も歩いていると流石に疲れてきた。 どうにかして座って休憩したいと思い、脇に立ち並ぶ店を眺めながら歩いていると、 以前両親に連れられて入ったことのある家電量販店を見つけた。 もしかして座れる場所があるかもと思い入ってみると、店内は比較的広いにも関わ  [続きを読む]

#3000

空想の世界 -前編-

周波数の高いノイズに混ざって、どこからかピアノの音がポロポロと聞こえてきた。 四階にあるこの教室は、放課後の夕暮れ時になってくると 同じ階にある音楽室からいろいろな音が聞こえてくる。 私は、なんだか懐かしいような、遠くの世界にあるようなその音に耳を傾けながら、 黙々と学級日誌を書き綴っていた。 前の席には、私の良く知っている女の子が、いつものように本を読んでいる。 関心のあることや興味のあること、好きなものについて考えるとき、 頭の中で私のスピーチを聞いてくれるひとがいる。それが彼女だ。 彼女は決して自分の  [続きを読む]

#2100

初雪の詩

いつもと同じ時間に起きたのに 少しだけ余った朝の時間 そろそろ外に出ようかと そういや昨日は雨が降ってたなと カーテンを勢いよく開けた 初雪の光が僕に飛び込んできた ある日 薄皮の光に包まれた少年がいた 深い吐息は形になって空へ飛んでった ある朝の その無重力の空間に 少年は 満足気な顔と足跡と またひとつ吐息をそこに置いてった ある日 薄皮の光に包まれた少年がいた きっと明日にはとけるだろうなと 転ばないように それだけを考えながら またひとつ足跡を そこに置いていく ——&#82  [続きを読む]

#1900

金魚鉢の詩

広がったしずくのような空の まんなかにいた私の 晴れわたる青い 言葉のない世界の どこかからともなく 淡い光の ひびきわたる 消えてはふえていく ふえてはつながって つながっては 消えて 私が想う限りの 色をつけていく 私が知る限りの 晴れわたる青い空の 光があつまった はるかかなたにいる 天使のような あなたに 真っ白なあなたへと 会うために泳ぐ このつかめないしずくの空を 手をかいて 空を蹴って 前へ 前へ…… 手を広げて 風を吹かせて 前へ 前へ? あれ 今 どっちにいるんだろう 今どこにいるのか 分  [続きを読む]

#1700

風邪と共に書く詩

実は結構 日々は充実していたりして 今日も暖かい布団にもぐって でもどうしてだろう いつも 寒くて寒くて たまらなくて 指先が暖かくなっても背中が寒い 背中を暖めても指先が冷たい いつしか動けなくなった時 どこへ行くのかを考えながら 白々とした朝に照らされて 凍える 風がたなびいて 震える 目の前に沢山ある光を 僕は掴めない 倒れこむと 真っ暗闇の 本当の温かさというものに 出会い 身体の真ん中が火照ってくる そしてまた明日という 冷たい日々へ溶け込みながら ———&#8  [続きを読む]