#6833

旅人は

上京して2年以上が経ち、いつの間にか年収は2倍以上になった。 まだ金銭的不自由から完全に抜け出したとは言い難いものの、収入面の不満はすっかり無くなった。 年代別平均収入も超えたので、この方面における劣等感はもうない。 数値目標としていくらでもより高みを目指すことはできるものの、 それは必ずしも達成しなくてはいけないというような目標ではなくなった。 こうして僕は、生き甲斐をひとつ失ってしまったのである。 人は、何かを欲しているのにそれを手に入れていないときにこそ原動力を得る。 いまの僕は満たされているからこそ  [続きを読む]

#6800

残り時間の話

人生100年時代というが、100年という時間は漠然と生きるにはあまりにも長すぎる。 もしもなんら策を講じなかったら、それは20歳前後を頂点としてゆるやかに下り続けていく。 時間が過ぎれば過ぎるほど体力は衰え、できることは減っていき、死が近づいてくる。 そんな人生に希望など見出すことができるだろうか。 だから人は何もしないことを避けようとし、人生に意味を求める。 昨日と同じような日が憂鬱に感じるのは、人生の無意味さを突きつけられるからだと僕は思う。 これまでの経験則から言えるのは、生活は変わるための現実的な努  [続きを読む]

#6778

暴力は世界を変えられるか

「参議院選挙の応援のために演説をしていた首相経験者が、突然背後から撃たれて亡くなった」 ある官僚経験者はその報せを聞いたとき、「本当に日本で起きたことなのか?」と訊いたという。 2022年07月08日の正午ごろ、奈良市で安倍元首相が背後からショットガンを撃たれ、暗殺された。 首相経験者が暗殺されるのは1936年のいわゆる「二・二六事件」以来86年ぶりである。 首相官邸の記者会見では、「まるで日本が戦前に戻ってしまったという声も聞かれますが……」 といった戸惑いの混じった質問も投げかけられていた。 二・二六事  [続きを読む]

#6700

無能な話

大人になるということは自分の無能さを受け入れることである。 思えば僕はこの十年あまりでかつて子ども時代にやりたいと思っていたことの多くを諦めた。 諦めるという行為にはしばしば否定的なニュアンスが含まれ、 この場合は「自分の夢を諦める」という自己否定にも解釈しかねない。 だから諦めるということは悪いことで、諦めないことは良いことなのだと長年考えてきた。 しかし近年、その甘い夢を見せる解釈こそが誤りだったのだということにようやく気がついた。 何かをやりたいと「思うだけ」ならなんら問題ないと思いがちだが、実際には  [続きを読む]

#6600

ルールの話

2021年以降の僕は、イライラに悩まされることがきわめて少なくなった。 嫌なことが起きなくなったわけではない。 強いて言えば上京して人間関係を整理したことが功を奏したとは思っているが、 それでも社会で生活していると嫌な人という人種は避けがたく出会ってしまう。 では、なぜ僕はストレスフリーな生活を実現できているのだろうか。 それを考えるためには、まずなぜ以前の僕はよくイライラしていたのだろうか、 というところから整理しなければならない。 イライラする原因は多岐にわたるものであり、とてもひとつに絞り込むことはで  [続きを読む]

#6589

振り返った思い出 2021

今年一年勤め続けた出向先への勤務が年末で契約切れになるため、 仕事納めの日でその現場からは離れることになった。 引き継ぎのためのマニュアルを作成するために黙々と仕事をしていると、 オフィスに代わる代わるお世話になった人が入ってきた。 そして、僕に対して感謝の気持ちを表してくれた。 本当にお互いにお世話になったし、やり甲斐もあったし、仕事が好きになった。 やはり頼られることは大きなエネルギーになるのだと改めて感じる。 ここにきてついに仕事が面白くなってきた。 次の現場で出鼻をくじかれる可能性はあるにしろ、 今  [続きを読む]

#6575

詐欺師の話

今年の春、ある高校時代のクラスメイト(以下、A)から突如連絡が入った。 「あるクラスメイト(以下、B)についてのお知らせがあるんだけど、聞きたいか?」 僕はその回りくどい言い方である程度内容を察したので、 自慢話なら聞かないし、自分に対する個人的なメッセージなら聞くという旨の返事をした。 するとAは「自分からは言わないから、聞きたかったらクラスのLINEグループで聞いて」と言った。 僕はそのやはり回りくどい対応に苛立ちを隠せなかった。 言わない方がお互いのためになると分かっているのならそもそもその話を切り出  [続きを読む]

#6566

33

いつの間にか始まっていたこの人生において、 その道を歩き続ける動機となるものが何なのかをいつも考えていた。 何のために生きるのかというような語られ尽くされ漠然とした疑問というよりも僕は、 自分自身の奥底に宿っているであろう行動原理となるもののルーツを知りたかった。 きっとそこには自分という存在の起源たりうるものが隠されていると思ったからだ。 その行動原理はある種の理想像となり、人生の道しるべとして常に僕の前を走っている。 理想像の背中であり、僕を導くための概念となるものが理念である。 その理念――あるいはこ  [続きを読む]

#6468

歩き続けるということ

なぜ、20代の僕はあんなにも自己肯定感が低く、憂鬱で自虐的だったのだろう。 「自分のやっていることは大したことがない」 という確信はどこから生まれるのだろう。当時はその疑問に答えることはできなかったが、 生活を整え、他者との距離感を慎重に見極めるようになった昨今、 ようやくそのネガティブ・シンキングの原因をつかみつつある。 それは一言で言えば巨大な劣等感であったと思う。 すなわち、「いまの自分」ではなく、理想の自分や他人を価値基準の中心に据えて、 そこから相対的に「いまの自分」を見つめていたために、それがひ  [続きを読む]

#6453

続・好奇心の話

「これから好きになる何かは、常にすでに好きな何かを連想する何かである」 好奇心が爆発した今年、さまざまなモノに興味を抱く自分を客観視したとき、 ふとそんな仮説を思いついた。 考えてみれば、ここ十年で新しく好きになった何かはずっと前に触れたことのある何かだったり、 あるいはそれに関連する何かだったりした。 そのように好奇心というものは、子ども時代から連綿と続いているように思われた。 これから興味を抱くものが既知の何かに連想した何かであるとき、 その既知の何かもそれより古い別の既知の何かに連想して興味を持ったは  [続きを読む]