#5999

続・紡がれてゆく話

2004年08月02日、このブログが生まれる約一ヶ月前。 高校一年の夏休みのある一日のことである。 祖父母家に遊びに行くのを心待ちにしていたあの頃は、あまりにも暑い日々が続いていた。 当時の実家はまだ寝室に冷房がなかったので、冷房のあるリビングで寝ることが許可されていた。 家族が川の字で寝ているところを起こさないように、眠れない僕は忍び足で台所に向かった。 リビングと台所に直結している納屋は、かくれんぼに最適な小さな部屋で明かりもつけられる。 しかも、扉があるので光が外に漏れることもない。 あの夏休みの日々  [続きを読む]

#5979

負け組の話

僕は自分のことを、生きる意味を与えられなかった哀れな人間だと思っている。 なぜなら、僕の行動原理はそのほとんどが 「他人に認めてもらいたい」という欲求に依るものだからだ。 だから、他人がいなかったら人生そのものが立脚しない。 他人に少しでも否定されるだけで自分という存在は脆くも崩れ去るのである。 だから、いわゆる自己満足で物事を楽しめない。 大人になってから、ゲームも漫画も映画も小説も、自分一人では楽しめなくなった。 特にゲームに関しては、いわゆる対戦型ゲームがまったく楽しめなくなった。 勝っているうちはい  [続きを読む]

#5974

呼吸

あるショッピングモールのペットショップに、彼はいた。 生まれて3ヶ月だがミニチュア・シュナウザーとしてはミニチュアらしからぬ大きさなので、 買い手がつかずに売れ残っていたらしい。 父と母でいろいろ話し合ったらしいが、結局は我が家が引き取ることに決めた。 家に来るや否や、混乱し暴れ回るその姿に、兄弟は誰もが最初は歓迎しなかった。 なんて厄介なものを引き取ってきてしまったんだ、と煙たがったものである。 それがどういうわけか翌年には手のひらを返し、みんなで可愛がるようになった。 その犬は、とりあえず黒いので安直に  [続きを読む]

#5971

意欲の話

意欲的になれない。 これが二十代後半から長きに亘って自分を苦しめている悩みである。 ネガティブにならないようにする心構えは、この五年間でかなり学んできたけれども、 プラスマイナスゼロの地点からプラスに持っていく方法はどうにも分からない。 かつては意欲というものはあって当たり前のものだった。 ところが、あるときからそれは当たり前ではなくなった。 それは加齢のせいなのかもしれないと思ったが、年上でも精力的に活動している人はいる。 なので僕は意欲的になれないのは年齢そのものではなく体力的な問題だと結論付けた。 し  [続きを読む]

#5967

荒波の話

会社の将来性、自分の精神力、自立の必要性、そして趣味を仕事にする覚悟と、都会への憧れ。 そういった諸々の事情を考慮した結果、六年目を迎える直前に地元の会社を退職した。 まったくの無経験から転職活動をするには心許なかったので、 お金ももらえてスキルアップでき、就職活動を斡旋してくれるという職業訓練校に入った。 そこでは自分と同じく都会に憧れているという人とも出会った。 今まで夢物語だったはずの上京が、選択できる未来になっていった。 訓練校をトップの成績で卒業し、 貯金を切り崩して東京と地元の間を往復しながら転  [続きを読む]

#5900

真剣な話

2000年代を象徴する漫画に『ヒカルの碁』という作品がある。 *  *  * 主人公・進藤ヒカルは囲碁とは縁もゆかりもない活発な小学生だったが、 あるとき祖父の倉庫で碁盤に触れたことで、1000年前の碁打ちの亡霊・藤原佐為に取り憑かれる。 ヒカルは、希代の達人である佐為にせがまれて少しずつ囲碁の世界に入っていく。 あるとき、ヒカルは同年代で名人の息子である塔矢アキラと出会う。 アキラは、ヒカルの代わりに打った見えない佐為の実力に圧倒され、 初めて同年代に負けた悔しさに燃え上がる。 ヒカルは、自分の実力ではな  [続きを読む]

#5885

嫉妬の話

未就学時代から現在に至るまで、さまざまな人と出会ってきた。 ネット上の人間関係を含めれば、ゆうに2000人は超えているだろう。 僕は彼らに知識や常識や価値観や自尊心や理性や感情や理想や現実を授けられ、 また時として利害関係の中でお互いに傷付け合ったり、あるいは尊敬し合ったりしてきた。 そして、他人とは何かという、そのつかみどころのない疑問の渦巻く人生の中において、 忘れ去られていく人の像は無意識の中に平均化していった。 自分に害をもたらさない99%以上の人たちは、そうして忘れ去られていった。 しかし、そんな  [続きを読む]

#5855

振り返った思い出 2019-b

「2019年を組み立てる」。 2019年になって間もない頃、カウントダウンライブの余興を聴きながらふと思いついた。 積み上げるのではない、組み立てるのだ。 そのときは何故このフレーズを思いついたのか、うまく説明できなかった。 しかし今にして思えば、2019年は、2019年を組み立てることに終始した一年だった。 2018年までの自分の価値観にとっては、一年というのは積み上げるものだった。 あるときは塔の頂上、またあるときは遠路はるばる来たその末端。 僕という人間は、過去を積み重ねてできている。そういう確信があ  [続きを読む]

#5832

31

一端の大人になりたい、ならなければダメだ。 そう思い詰めていた二十代という年代をついに通り過ぎ、 もう自分はとっくに大人になっていたのだという事実を突き付けられる瞬間を通過した。 目の前に広がる景色は一変した。 そうだ、僕はもう大人になったのだった。 やっていることは大して変わっていない、立派になったわけでもない。でも、それでいい。 そもそも立派になることが子ども時代の目的であるというわけではなかったのだ。 ただ、自分という人間が他の誰かとは違う事情を持った何某かであり、 そうであるということを受け入れてな  [続きを読む]

#5820

新潟から

今思えば、大学院時代はなんて罪深いことをしたんだろうと思う。 当時の僕はあの二年間を振り返って、意外なくらいすがすがしく思っていた。 成長できたと思っていた。 それはまず何よりも、修士論文という最大のハードルを越えられたからだろう。 地獄のような修論執筆の日々の中で、 それまでネットにしか自己表現の相手がいなかった僕に、 リアルでやってきたことを認められることの嬉しさと、それに必要な努力量を教えてくれた。 そのこと自体は今でも良かったとは思っている。 しかし、今改めて思い返せば、あの2年間は就活に対する思い  [続きを読む]